永 き 代 の  全 き 神 の 字  美 し く  追 思 の 御 垣  玉 の 良 き か な
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牛頭天皇
2012-08-04 Sat 19:58
只今謎の儀式真っ最中ですが。
遠足儀式は家に帰るまでが儀式です。w

えぇと。なんとなく。
今回から「出雲」という新しいカテゴリを追加してみました。
で、今回が記念すべき第1回目となりますw

私は生まれも育ちも出雲圏なのですが、
地元では当たり前の事でも、他県では「ナゼ?」なんて事もあるわけで。
新しい発見があるかも知れません。分かりませんがw

で、今回は記事タイトルの通り「牛頭天皇」です。
知ってる方は知ってると思いますが「牛頭天皇」=「素戔嗚尊」ですね。
そして「素戔嗚尊」と言えば「出雲の神」ですね。

「素戔嗚尊」は「牛頭天皇」

という事で、突然ですがお魚の話しになりますw
この魚↓一般的には「ハゼ」と呼ばれますが・・・

gozu.jpg
※画像は拾いモノですので、削除依頼があれば差し替えさせて頂きます。<(__)>

出雲圏ではこの魚の事を、

「ゴズ」と呼ぶんですね(・艸・)

一般的には「ハゼ釣り大会」と呼ばれるものも、
もちろん「ゴズ釣り大会」なのですw

だから何?(・∀・)ニヤニヤ

みたいな感じなのですが、
「牛頭天皇」と魚の「ゴズ」。
私はどうしても今上天皇のなされた事↓を思い出してしまうのですね。

ティラピア
タイ王国の食糧事情を知った皇太子明仁親王(今上天皇)はタイ国王にティラピアを50尾贈り、「ティラピアの養殖」を提案。タイ政府はそれを受け、現在、タイでは広くティラピアが食されている。このエピソードにちなみ、タイでは華僑により「仁魚」という漢字がつけられ、タイ語でもプラー・ニンと呼ばれている。1973年のバングラデシュでの食糧危機に際しては日本政府がティラピアの親魚を50万尾贈呈した。


タイでは華僑により「仁魚」という漢字がつけられ、
タイ語でもプラー・ニンと呼ばれている。

要するに、お魚に天皇の名前が使われているということ。

その昔、素戔嗚尊も似たような事をしたんじゃないでしょうか。
だから出雲圏では今でも「ハゼ」を「ゴズ」と呼ぶ。

まぁ、思いっきり仮説ですが(==)

単純に、素戔嗚尊が牛に似ていたから牛頭天皇と呼ばれ、
魚のハゼもまた牛に似ている事から「ゴズ」と呼ばれたのかも知れません。
ただ、ハゼをゴズと呼ぶ由来は不詳だったりするので、
新説を打ち立ててみる。みたいなw


ところでこの「牛頭天皇」ですが、
出口王仁三郎氏はこのような事を言っておられますね。

「牛頭天皇は素盞鳴命の御事であり、午頭天皇はマツソン(フリーメイソン)の事である。牛頭とはソシモリと云う事であり、ソシは朝鮮語の牛の事である。モリは頭と云う事である。頭はまん丸くもり上がって居るから、さういふ意味で〝もり〞と云う。牛頭(ソシモリ)これは前云ふ通り素盞鳴の大神の事であるが、マツソン(フリーメーソン)は大神様の名を僭(せん)して、まぎらはらしい午頭天皇などと云ふたのである。牛と午との違いである。」(大正十五年五月・水鏡)


これを読む限り、フリーメイソンの崇拝する神とは「素戔嗚尊」ではない。
という事ですね。では彼らは一体何を崇拝しているのでしょうか。

「牛頭天皇は素盞鳴命の御事であり、」
「午頭天皇はフリーメイソンの事である。」
「牛と午との違いである。」


似たようなものを崇拝してるって事でしょうか。
ウーン。アレの事かなぁ。などと思い当たるものもありますが、
今回はここまでにしておきたいと思いますヾ(;´▽`A``

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大庭の富士と大黒主
2012-08-26 Sun 17:26
書きたい事が沢山あるのですが、なかなか書けません(==)
作文は苦手です('A`)

えぇと、最近は○の国の火病が凄まじいですが。
我が国の首相もこれまた○だったりします。

これぞまさに・・・

一の大将と二の大将とが大喧嘩すると見せかけて
世界をワヤにする仕組


本当にこのパターンが好きなのですね、分かります(==)

次にコレ↓

taifu1415.jpg

14号はセンカクへ。15号はタケシマへ。
これって、神風なのでしょうか。(;゚∀゚;)!!
とは言え、沖縄・九州あたりはとてつもなく心配ですが。

先日ココで書きましたが(まぁ、私が書いたんじゃありませんが)
我々日本人は日本魂を取り戻し、冷静に見守っていきませう(・ω・)

という事で本題はここから。

先日の記事の最後のほうで、「神魂神社」にお参りしてきました。
と書きましたが、まずはそこから。

kamosu01.jpg

「神魂神社」というネーミングだけでヒヤリとしてしまいますが、
これ「かもすじんじゃ」と読むんですね。詳しくはココから。

で、先日私も撮ってきました。もったいないので貼っときますw

kamosu02.jpg

ここはかなり急ですが、見上げると本殿が見えます(・∀・)♪

kamosu05.jpg

これが本殿。出雲大社よりも古く、最古の大社造。という事みたいです。

kamosu06.jpg

まぁ、こんな感じです。

えぇと、どうしてこの神社へ参ってきたかと言いますと、
私の父母はここで結婚式を挙げたのですね。
ここではなかなか結婚式を挙げる事はできないそうなのですが、
では、なぜできたのでせう?(・ω・)




コネです。('A`)




まぁ、そんなこんなでw
ちっちゃい頃からおじいちゃんに連れられて、
私と姉はよくここで遊んだものです。(  ̄- ̄)トオイメ
でも、この神社の名前を知ったのは大人になってからなのでした。

それはなぜか?(・ω・)

この神社、地元では「大庭の大宮さん」と呼ばれてるんですね。
ですから、私も大人になるまでここは「大宮さん」という神社だと思っていたのでした。まぁ、よくある話しです(ないですか?w

で、「神魂神社」というネーミングも凄いですが、
「大庭の大宮」でピンとくるのが、日月神示のこの記述↓

「上つ巻」 第五帖(後略)
富士とは神の山のことぞ。
神の山はみな富士-二二-といふのぞ。
見晴らし台とは身を張らすとこぞ、身を張らすとは、身のなかを神にて張ることぞ。
臣民の身の中に一杯に神の力を張らすことぞ。
大庭の富士を探して見よ、神の米が出て来るから、それを大切にせよ。
富士を開くとは心に神を満たすことぞ。




大庭の富士を探して見よ
神の米が出て来るから
それを大切にせよ。



いやぁ、まさかなぁ。
大庭なんて地名、他所にもあるっしょ。とか思いつつ・・・
「大庭の富士」という事で、ここら辺の山を調べてみる。
まず、神魂神社の裏山のほうは「八雲」である。
つまり、八重垣神社がすぐ近くにあるって事ですね。
地元民じゃないとちょっと分かり辛いので地図載っけときます。
※ついでに周辺の神社も載っけてみる。

chizu02.jpg

で、あぁ、八雲かぁ。
でも八雲の山ってあんまり知らないなぁ。
という事で、「八雲 山」で検索してみると・・・
単純に「八雲山」というのがあるのですね、知りませんでした(==)
で、次にこの八雲山を調べると、大本教のHPに辿り着くのです。
出口王仁三郎氏がここに来てたみたいですね(;゚∀゚;)!!
というか出口王仁三郎氏はちょくちょく山陰に来られてたのですね、知りませんでした(==)
詳しくはココとかココとかココとか。

で、上のリンクした中からの引用ですが、
出口王仁三郎氏は、ここで以下の三首歌が刻まれた歌碑を立ててるんですね。


千早ぶる神の聖跡(みあと)をしたひつつ
八雲の山に吾(われ)きつるかも

八雲立つ出雲の歌の生まれたる
須賀の皇居(みやい)の八重垣の跡

大山(だいせん)はみそらに霞み海は光(て)る
出雲の国は錦の秋なり



という事で、これは実に怪しい山だなぁと・・・
画像検索で八雲山を調べてみると、

yakumoyama.jpg
画像お借り致しました<(__)>

まるでピラミッドじゃねーか('A`)

という事に気付きます。

日本のピラミッドについてはコチラの方が詳しく書かれておられます。

ピラミッドの形って事は、ちっちゃい富士?
という事で、八雲山が大庭の富士なのでしょうか(・ω・)

ただ、地元で「富士」と呼ばれる山と言えば・・・
先ほど出口王仁三郎氏の歌碑の中にも出てきました「大山」。

大山しかないのですが。(・艸・)
http://ja.wikipedia.org/wiki/大山_(鳥取県)

しかもこの大山が実に不思議な山で、
出雲側から見ないと富士山のように見えないんですね。
その名を「伯耆富士」または「出雲富士」と言います。
コレ↓ですね。

daisen000.jpg

何気に私のプロフ画も大山だったりするのですが。
ちょっと話しが逸れますが、どうして私が大山の写真をプロフ画にしているのかと言いますと、このブログを始めた当初のブログタイトルは「伯岐富士」だったのですよ。んでも、日月神示を読んでおられる方にどうしても読んで頂きたく、現在のブログタイトルにしました。で、もうかなりの人に読んでもらえたので、そろそろ「伯岐富士」に戻そうかなぁと思ってたりします。ヾ(;´▽`A``

という事で話しを戻します。

この大山ですが、『出雲国風土記』の中では「火神岳」(ほのかみだけ)、古くは大神岳(おおかみのたけ)と呼ばれ、また、ここに大神山神社というものあり、増々謎が深まるのですね(==)


ここで出口王仁三郎氏の霊界物語に目を向けてみませう。
霊界物語と言えば「オニド」という事で、
オニドさんとこからちょこっと引用させて頂きます<(__)>

第72巻まではインドでバラモン教主の大黒主(おおくろぬし)を調伏する話になっており、しかし調伏する前に霊界物語が終わっています。
それ以降のストーリーはどうなる予定かと言うと──三五教の宣伝使たちがインドのハルナの都に到着すると、バラモン教の大黒主は部下を連れて逃げてしまい、海を渡り、遠く離れた日本の伯耆大山(ほうきだいせん)(鳥取県)に姿を隠し、それを追って神素盞嗚大神も日本に渡って、大黒主に取り憑いた八岐大蛇を退治して叢雲の宝剣を手に入れる──そういうストーリーになるということが、霊界物語の各所で予告されています。



なるほど。

神素盞嗚大神はここ、大山で八岐大蛇を退治するのですね。

あー。だからこの地は、トリンドル鳥取トリをとるなのか。
http://thesaurus.weblio.jp/content/トリを取る

あ、そうそう。ここに出てくる「大黒主」ですが、
先ほどのオニドさんとこにこのように書かれています。

古事記ではスサノオは、自分の子孫(6代目の孫。日本書紀ではスサノオの子になっている)の大国主(おおくにぬし)に国土経営を委ねていますが、大国は「ダイコク」とも読めるので、仏教の大黒天(元はヒンズー教のシバ神の化身)と習合して大黒様(だいこくさま)として広く信仰されています。



ちなみにこれ、日月神示では「五度目の岩戸閉め」として書かれています。

仏教の渡来までは、わずかながらもマコトの神道の光がさしてゐたのであるなれど、仏教と共に仏魔わたり来て完全に岩戸がしめられて、クラヤミの世となったのであるぞ、その後はもう乱れほうだい、やりほうだいの世となったのであるぞ、これが五度目の大き岩戸しめであるぞ。



コチラに詳しく書かれていますが、そこから一部転載させて頂きます。

大黒天との習合
 大黒天は元々インドの神様ですが、インドでは悪と戦う「戦(いくさ)の神様」で、凄い怒りの表情をされている、という今の大黒さん像からはまったく想像もつかない神様だったようです。それが、中国を経由して、平安初期に仏教僧によって日本にもたらされると、すぐに大国主大神と習合したのではないかと言われています。習合した理由は大国と大黒の音が同じだから、という理由が一番大きく、この頃は神仏習合の時代でしたから、仏教僧がそれを広く宣伝したようです。



仏教と共に渡ってきた仏魔とは「大黒天」という事ですね。
大国主=大黒主(大黒天)にしちゃったのがマズかったんでしょうか。
※というか意図的にそうしたのかも知れませんが(==)

という事で、最初に書きました日月神示の記述に戻ります。

大庭の富士を探して見よ
神の米が出て来るから
それを大切にせよ。


ここまで八雲山と大山の事を書いてきましたが、
では「神の米」とは何なのでしょうか。(・ω・)
単純に「お米」の事だとすると、出雲周辺のお米?
それともこの伯耆国にある「米子」の事なのか。
合わせ読みで米子のお米とか?ウーン。アリっちゃアリかも?w
ちょっと分かりませんね(==)
本当は全く違う事を言っているのかも知れませんしw

頭が痛くなってきたところで。つづく ...かもw

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伯岐富士
2012-08-31 Fri 20:47
最近バタバタでなかなか書けませんが('A`)

えぇと。今回は前回の続きなのですが、
その前に、前回の記事をお読み頂いた方から「神の米」について、
メールを頂きましたので、まずそれを紹介しておきたいと思います。

前回の記事で日月神示のこの記述↓を引っ張り出してきました。

大庭の富士を探して見よ
神の米が出て来るから
それを大切にせよ。


この中の「神の米」なのですが、
頂いたメールによりますと、その米というのは、

「イセヒカリ」というお米の事じゃないの(・ω・)?

若干ニュアンスは違いますがそのような内容でしたw

で、私はこのイセヒカリというお米を恥ずかしながら初めて聞きました。
早速インターネッツで検索してみると沢山ヒットするんですね。
とりあえずコチラから一部引用させて頂きます<(__)>

まずはこの部分から↓

登録品種でも、奨励品種でもない為、公の市場に流通する事はなく、原種の保存も種籾の生産も公的機関は一切関与しません。農協も正規には扱わない、公的には作れない、売れない、買えない米なのです。


という事で「イセヒカリ」というお米は、
一般的に売っていないお米のようですので・・・
お米の品種など気にした事もない私が知るはずもない。
という事が判明し、ちょっと安心しましたヾ(;´▽`A``

で、これがどういうお米なのかと言いますと、これがなかなか興味深い。

イセヒカリは、平成元年に伊勢神宮神田で発見された新種の米です。台風ですべてが薙ぎ倒されたコシヒカリの田に たった二株立ち残っていた黄金色に輝く稲を育ててみると、 驚くほど坊害虫や風雨に強く、 収穫が多くて味も抜群に新しい米とわかり、 神宮より「イセヒカリ」と名付けられました。


元記事を全文引っ張ってくると、とてつもなく長いのでこのくらいにしておきますが、読めば読むほど不思議なお米ですので、興味のある方はコチラから全文お読みになってみて下さい。

問題は、このような素晴らしいお米がなぜ、こんな扱い↓なのか。

登録品種でも、奨励品種でもない為、公の市場に流通する事はなく、原種の保存も種籾の生産も公的機関は一切関与しません。農協も正規には扱わない、公的には作れない、売れない、買えない米なのです。


何か事情があるのでしょうか、よく分かりませんが(==)

ところで、これが日月神示の言う「神の米」だとすると、
この米が出てきた神田というのが「大庭の富士」という事になるのですが、
私は伊勢とかあの辺の地理に詳しくないので分かりませんでした('A`)
私は、なんてったってアイドル出雲人ですから。(ネタが古いとか言わない

まぁ、いずれにしましても、カイの御用にもつながりそうなこのお米、
気付いた方達だけでも大切にしていきませう。(・ω・)
ウチには田んぼがないので、現状どうする事もできませんが・・・('A`)


では、ここから前回の続きとなります。

前回は、大山という山についてちょこっと書きましたが、
今回もこの大山について書きたいと思います。

まず、前回も書きましたが、
神素盞嗚大神はこの「大山」で八岐大蛇を退治するのですね。で、神素盞嗚大神の奥さんというのが櫛名田比売という女神様です。
この櫛名田比売の父は足名椎命、母は手名椎命

そして足名椎命、手名椎命の父というのが・・・

大山津見神
http://ja.wikipedia.org/wiki/オオヤマツミ

ここでも「大山」という言葉が出てくるのですね。

ここでちょっと話しが明後日のほうへいっちゃいそうに見えますが、
日本最大の前方後円墳と言えば・・・

仁徳天皇陵 というのがありますが、

これ、大仙陵古墳(だいせんりょうこふん、大仙古墳、大山古墳)と言うんですね。
これもまた「大山」とつながるわけです(==)

では、仁徳天皇とは何者なのか。

仁徳天皇(にんとくてんのう、神功皇后摂政57年(257年) - 仁徳天皇87年1月16日(399年2月7日))は、日本の第16代天皇(在位:仁徳天皇元年1月3日(313年2月14日) - 同87年1月16日(399年2月7日))。
古事記の干支崩年に従えば、応神天皇の崩御が西暦394年、仁徳天皇の崩御が西暦427年となり、その間が在位期間となる。名は大雀命(おほさざきのみこと)(『古事記』)、大鷦鷯尊(おほさざきのみこと)大鷦鷯天皇(おほさざきのすめらみこと)・聖帝(『日本書紀』)・難波天皇(『万葉集』)。



大鷦鷯天皇おほざさきのすめらみこと

コチラのかたが詳しく書かれておられますが↓
佐々木・鷦鷯についての雑考

だから何(・ω・)?って感じなのですが、
この大鷦鷯天皇の「鷦鷯」は「ササキ」と読み、
この姓を持つ人達は存在します。以下ちょこっと引用させて頂きます<(__)>

ある調査によると、「島根県美保関町(7軒)、松江市西川津町など全国に45軒」があるとされ、滋賀県北部にも少し分布があることが分かった。


また、この「鷦鷯」から「佐々木」へと変えた人達も沢山いるので正確には全国にどのくらいあるのか分かりませんが。

要するに、大鷦鷯天皇というのは、
鷦鷯の王だから大鷦鷯天皇ではないんでしょうか。

そう考えますと、この姓が集中している場所がとても重要になります。
では「島根県美保関町」「松江市西川津町」どこなのか地図で見てみませう。

chizu03.jpg

やはりここら辺になるのですよ。
そしてやはりこの「大山」につながってくるという謎。('A`)
んまぁ、謎ってか、前回書きました王仁三郎氏の歌碑を読めば、もしかして?みたいな答えは出ますが。

daisen000.jpg

ところで。(お?

「仁徳」をグレンと引っくり返すと「徳仁」になるわけですが、

徳仁親王は今年2012年5月30日・・・
神奈川県伊勢原市にある「大山」に登られたのをご存知でしょうか。

コチラからの転載↓となります<(__)>

皇太子さまが、大山に登られました

平成24年5月30日(水曜日)に、
皇太子さまが大山で登山を楽しまれました。

皇太子さまは、ご自分のカメラで風景の写真を撮りながら山を登り、山頂で眺望を楽しみながら昼食をとり、山を日向方面に下りられました。

当日は、山頂で記者団の前で立ち止まり、「都内や葉山からも大山は見えていたので、以前から登りたかった。」と述べ、「大山の 歴史と自然を堪能した1日でした。」と感想を話されました。


「以前から登りたかった。」とコメントにもありますように、
初めてこの山に登山しておられるのです。


要するに、私が言いたい事は、

神奈川(惟神)・伊勢原(伊勢)・大山(出雲)

このように読めるわけで、徳仁親王は登山目的ではなく、
何か違う目的で登られたのではないか。という事です(==)

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【出雲】出雲大社の大國主神
2013-01-26 Sat 16:46
えぇと、大変悩みましたが、前回の記事をしこし修正致しました。
画像1枚の追加と、あとはピンク文字になっているところが修正箇所になっています。

では早速、今回の記事はここから。
前々回の記事の追記で「鬼門八神の札」について書きました。

で、この「鬼門八神の札」というのは、
どうして東が上になっているんだろうと考えていました。
同じように、「曼荼羅」とかいうものも、東が上になったり西が上になったりしているものがあります。
んまぁ、こういったものは単純に、その札をその方角の壁に貼って、そちらへ向かって拝むから。といった意味でこのようになっているのかも知れませんが。

という事で、前々回の記事の追記でも書きましたが、
東が上になっている「鬼門八神の札」がコレ↓ですね。
kamidoyahashira01.png
このように、東が上になっているととても見辛いです。
(まぁ、北が上になっているものばかり眺めてきたので見辛いだけなのかも知れませんが。)
ですので、この中に書いてある東西南北は見なかった事にした時、
パッと見て、西に位置するのが「大國主神」です。

んっで、今度はこの東西南北の通り、
時計回りに90度(反時計回りなら270度)グレンとさせたのがコレ↓
kamidoyahashira02.png
北が上になるので見やすくなりました。
で、当然ですが「大國主神」が北になるんですね。

ウーン・・・
これはおもくそ妄想なので書こうか悩んだのですが。
私はアレを思い起こすのですよ(==)


出雲大社の「大國主神」はナゼ西を向いているのか。


これについては諸説あるようですが、
ここに新説を打ち立てたいと思います(おいおい

実は大國主神は西を向いてるわけじゃなくって、
北を向いてるつもりではないのか・・・

「地震の巻」 第六帖
霊界人は、その向いている方向が北である。

しかし、地上人の云う北ではなく、中心と云う意味である。


みたいな。(・ω・)


次これ。

つい先日、大地震前兆予言.comさんとこ覗いていたら、
「龍の顔のような雲出現」というのがありました。

で、これは以前から思っていた事なのですが、
「日本列島は龍体に似ているし、実際そう言われている」
とかなんとか言って、日本列島を龍体に見立て、
北海道はデッカイどーが頭になっている、
まるでタツノオトシゴかのような図がインターネッツにも溢れていますね。

んでも、本当は逆様なんじゃないでしょうか。(・ω・)?

この写真からも分かりますが。

ryu.jpg

これって、時計回りにグレンとさせた九州にソックリなのですね。

9shu.png

目も口もありますが。口ん中が桜島ってところがなんとも( ̄ー ̄;

そして先程の西向きだった大國主神が北を向く時・・・

日本列島はまさに昇り龍になるのでした。

nihon.png

こ、これはまさにポールシフt(ry


まぁ、妄想ですが・・・

いや、妄想でいいのでせうか!?

http://wpb.shueisha.co.jp/2012/12/11/15912/

地球を焼き尽くす恐怖の「磁極反転」とは?

マヤ暦・人類滅亡のXデーである2012年12月23日が迫っている。まさかあと10日ほどで人類が滅亡するなんてあり得ないと高をくくっているかもしれないが、仮にその日を乗り越えても、人類は決して安泰ではないという……。

地球の磁気の弱まりがここ数年、一気に進んでいることが各國の研究機関から続々と報告されている。現在、東京で磁石の針が示す北は、西へ7度ずれているのだが、約200年前には、ほぼ真北を指していたことが残存する地図の記録から確認されている。しかも地球の磁力もこの200年の間に10%近くも減少しているのだ。これはいったい、何が起こる前兆なのだろうか?

コンパスにも使われ、絶対的に不変の指針と思われている地球磁場だが、最近の研究では過去360万年の間に「ポールシフト」と呼ばれる地球の磁極反転(コンパスの示す方位が真逆になる)が11回も起こっていることが確認されている。なぜこんなことが起こるのか、そのシステムは完全には解明されていない。

前回の磁極反転は約78万年以上前に起こっており、周期的には近未来のいつ起こってもおかしくない現象なのだという。

では、この磁極反転が起こった場合どうなるのだろう。影響はさまざま考えられるが、一番恐ろしいのは、磁気が反転する直前、一時、地球が無磁気状態になることだといわれている。

普段、太陽から放出された高エネルギー粒子の流れ(太陽風)を受け流すバリアの役目を果たしている地磁気だが、これがなければ電磁波、放射線という太陽エネルギーが一気に地上に押し寄せてくるのだという。いうならば地球の表面全体が電子レンジで“チン”される状態に等しい。人類などひとたまりもないはずだ。(取材・文/近兼拓史)



妄想ついでに続けて書きたいと思いますw
この『ポールシフト』なのですが・・・

これが「一厘のてだて」なのではないか。
ポールシフト=一厘のてだて=大いなるタメシ=最後の審判

「月光の巻」 第四十八帖
世界中を泥の海にせねばならんところまで、
それより他に道のない所まで押しせまって来たのであるが、
尚一厘のてだてはあるのぢゃ。

大神様におわび申してすっかり心を改めて下されよ。

神々さまも人民さまも心得ちがひ多いぞ。
泥の海となる直前にグレンとひっくりかえし、
びっくりの道ある
ぞ。


じゃあ、みんなタヒんじゃうのかー。(´・ω・`)
というお話しになってくるのですが・・・
どうもそのようにはならず、

この『ポールシフト』によって、
「びっくりの道」を切り開く。

「夜明けの巻」 第二帖
磁石も神の国に向く様になるぞ。

北よくなるぞ。
神の国おろがむ様になるのざぞ。

どこからでもおろがめるのざぞ。
おのづから頭さがるのざぞ。
海の水がシメであるぞ。
鳥居であるぞと申してあろうが、
シメて神を押し込めてゐたのであるぞ。

人民知らず知らずに罪犯してゐたのざぞ。

毎日、日日お詫せよと申してあらうが、
シメて島国日本としてゐたのざぞ、
よき世となったら、身体も大きくなるぞ。

命も長くなるぞ。

今しばらくざから、辛抱してくれよ。


c01.png

みたいな。(・艸・)

言わんとしたい事は分かって頂けると思いますが。
そこらへんは、察して下さいw
まぁ、分からない人にとっては何だこりゃあ?みたいな感じだとは思いますが。ヾ(;´▽`A``


ところで、記事タイトルにもあります「大國主神」なのですが、
この大國主神と仁徳天皇というのは実によく似ているんですね。
ただ「大國主神=仁徳天皇」としてしまっても良いものかどうか・・・
という事で、大國主神を継ぐ者が仁徳天皇ではないか。
とした時に、なかなか面白いストーリーができるのですよ。( -ω-)
他に書きかけのものも沢山あるのですが、次回はこのストーリーを書きたいと思います。
前回の記事を修正した理由は、ここに繋がってくるからなのですね。(お

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