永 き 代 の  全 き 神 の 字  美 し く  追 思 の 御 垣  玉 の 良 き か な
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【日月神示】ハルマゲドン
2012-02-29 Wed 15:58
日月神示の中には「ハルマゲドン」の記述があります。

「磐戸の巻」第三帖
びっくりばこいよいよとなりたぞ。
春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケてハルマケドンになるのざぞ、
早う改心せんとハルマケドンの大峠こせんことになるぞ。


とりあえず「ハルマゲドン」をwikipediaで調べてみると…


日本語で一言で言うと、世界最終戦争ってところでしょうか。


でも、日月神示では、

「春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケてハルマケドンになる」
という事だそうです。

言葉通りだと、春→夏→秋→冬→春マゲドンって事でしょうか。
これって…思くそ時節じゃん(;゚д゚)ゴクリ…
ではそれはいつの事でしょう? 時節においての四季が分かれば答えが出るのではないでしょうか。

実は富士の仕組でできた時節表を見た時に、真っ先に「これは(; ゚д゚)!!」と思った事がありました…

こちらの記述です。

「青葉の卷」第六帖
八月ぐらぐら。


「富士の巻」第六帖
八月のこと、八月の世界のこと、よく気つけて置いて呉れよ、
いよいよ世が迫りて来ると、やり直し出来んと申してあろがな。


a16.png

2011年が「〇九十の数」では「8」になるんですね、まさに「八月ぐらぐら」(・艸・)
この「〇九十の数」というのは、日月神示に出てくる「年」「月」「日」を表しているのではないでしょうか。そうすると、これで「四季」が現れてくるハズです。

つまり「春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケてハルマケドン」の時期が見えてくるハズです。旧暦の四季は「1、2、3月が春」「4、5、6月が夏」「7、8、9月が秋」「10、11、12月が冬」ですので…

a17.png

こうなります。「〇九十」の数では10月が2つになり、また、その後が9月その次が8月…と時を遡ってしまいおかしな事になってしまいます(==)
これでは「春マケ→夏マケ→秋マケ→冬マケ→ハルマゲドン」が完成しません。

そこでこの記述です。


「地つ巻」第十六帖
うへに唾きすればその顔に落ちるのざぞ、時節ほど結構なこわいものないぞ、時節来たぞ、あはてずに急いで下されよ。


「地つ巻」第二十五帖
この方とて時節にはかなはんことあるのざぞ。

「岩の巻」第六帖
愈々時節来たのであるから、何と申しても時節にはかなわんから、神示通りになって来るから、心さっぱり洗ひ晴らしてしまふて、持ち物さっぱり洗ひかへしてしまふて、神のみことに生きて呉れよ、みことになるぞ、タマぞ、ミコト結構ぞ。

「青葉の巻」第八帖
時節には従って下されよ、逆らはず、後の立つ様致されよ、後のやり方、神示で知らしてあろがな。



時節には勝てないという事ですので、逆らわずにいきましょう。
というか時節に逆らうと「春マケ→夏マケ→秋マケ→冬マケ→ハルマゲドン」が完成しません(==)

a18.png

で、こうなりました。

分かり易いように「〇九十の数」の横に「月」を入れてみました。
これでハルマゲドンの時期が大体分かるのではないでしょうか。
「タテコワシとタテナホシ」で述べましたが、「白黒まだらな時」の3年間が一番苦しい時という事が分かっています。
が、時節表を見て頂けると分かる通り、「ハルマゲドン」が「春マゲドン」であるとすれば、若干ズレちゃってるんですね。

以下の記述をご覧下さい。


「キの巻」第六帖
桜咲く所、桜と共に花咲くぞ、夏マケ、秋マケ、となったら冬マケで泣きあげてはならんぞ、戦すんでからが愈々のイクサぞ、褌しめよ、役員も一度は青なるのざぞ、土もぐるのざぞ、九、十、気付けて呉れよ。



一番苦しい3年間の後に愈々のイクサがあるという事です…この若干のズレはそういう意味なのでしょう。
そして、気になるのはやはり、2016年ですね。「鳴門の仕組」で既に述べましたが、ミロクの世になるのが2016年です。
時節表ではちょうど2016年から春になるんですよね…ハルマゲドンが「春マゲドン」だとすると、2016年、この年に起こる何かが「ハルマゲドン」と言えるのではないでしょうか。(;゚д゚)ゴクリ

ちなみに現在2012年ですから、時節表では9月にあたり、秋という事になります。
日月神示の中には「秋」と「九月」に関わる記述がたくさん出てきます。

それでは、次は日月神示によく出てくる「旧九月八日」に迫ってみたいと思います。

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【日月神示】タテコワシとタテナホシ
2012-02-28 Tue 12:04
「富士の仕組」で22年間の時節表ができましたが、では、この時節表の中で一番危険が危ない時期というのはいつなのでしょうか?(;゚д゚)ゴクリ
「タテコワシとタテナホシ」の時期が分かれば大体の時期が分かるようになっていました。まず、日月神示から「タテコワシとタテナホシ」の記述を引っ張り出してきます。


「極めの巻」第十一帖
陽あたりのことと、陽かげのことと一時に出て来るのぢゃ、タテコワシとタテナホシが一時にくるのぢゃ、神の申した通りになって居ろうがな、学で説くと学の鬼に囚われるぞ、智で説くと智の、理で解くと理の鬼に囚われる、このままに伝へて下されよ。

「キの巻」第八帖
タテコワシ、タテナホシ、一度になるぞ、建直しの世直し早うなるも知れんぞ、遅れるでないぞ。

「星座の巻」第八帖
人民一度死んで下されよ、死なねば甦られん時となったのぞ、今迄の衣をぬいで下されと申してあろう、世がかわると申してあろう、地上界の総てが変るのぞ、人民のみこのままと言うわけには参らぬ、死んで生きて下されよ、タテカヘ、タテナホシ、過去と未来と同時に来て、同じところで一先づ交じり合うのであるから、人民にはガテンゆかん、新しき世となる終りのギリギリの仕上げの様相であるぞ。



大体こんなところでしょうか。

タテコワシとタテナホシは一緒にくるようです…いや、一先づ同じところで交じり合うようです。大事な部分は赤く記したところですが、この中で一番大事なのは以下の記述だったりします。

「陽あたりのことと、陽かげのことと一時に出て来る」
「タテコワシとタテナホシが一時にくる」


この2つの言葉は表現は違えど同義語であることが分かります。

つまり、「陽あたり」=「タテナホシ」
    「陽かげ」=「タテコワシ」という事です。

これが分かると、以下の記述の意味が分かるようになります。


「扶桑の巻」第六帖
三年と半年、半年と三年であるぞ、その間はクラヤミ時代、火をともしてもくらいのであるぞ、あかるい人民にはヤミでも明るい、日は三日と半日、半日と三日、次に五年と五年ぢゃ、五日と五日ぢゃ、このこと間違へるでないぞ。



「三年と半年、半年と三年であるぞ、その間はクラヤミ時代」この言葉を分かり易くすると、7年間がクラヤミ時代という事ですね。次に「日は三日と半日、半日と三日」と似たような事が書いてあります。ちなみにこの言葉を分かり易くすると、日は7日間という事になります。頭に「日は」と書いてあるところがミソだったりします。「クラヤミ時代」は「陽かげ」であり、「日」という表現は「陽あたり」を表しているんですね。


という事は、


[クラヤミ時代 = 陽かげ = タテコワシ]となり、
[日 = 陽あたり = タテナホシ]という事になります。


そして、この記述は「タテコワシ(陰)」の表記を「年」で記し、「タテナホシ(陽)」の表記を「日」で記しているのです。

ですから、この記述を分かり易く読み替えると…


7年間でタテコワシ、7年間でタテナホシ。
総体的なタテコワシは10年間であり、
又タテナホシも10年間である。



大体こんな感じになります。
分かり易くなりましたが…言ってる意味がよく分かりませんね(==)


それでは図解入りで解説していきませう。(・ω・)


a22.png


図にすると、タテコワシとタテナホシはこんな感じになります。
でも、これでは「タテコワシ10年の中にタテコワシ7年」、「タテナホシ10年の中にタテナホシが7年」の説明がつきません。

先ほど引用した記述ですが、以下にもう一度引用します。


「星座の巻」第八帖
人民一度死んで下されよ、死なねば甦られん時となったのぞ、今迄の衣をぬいで下されと申してあろう、世がかわると申してあろう、地上界の総てが変るのぞ、人民のみこのままと言うわけには参らぬ、死んで生きて下されよ、タテカヘ、タテナホシ、過去と未来と同時に来て、同じところで一先づ交じり合うのであるから、人民にはガテンゆかん、新しき世となる終りのギリギリの仕上げの様相であるぞ。



これで分かります。

「タテカヘ、タテナホシ、過去と未来と同時に来て、同じところで一先づ交じり合う」

タテコワシ10年、タテナホシ10年は、共に交じり合っているって事です。そして共に3年づつ交じ合わせるとピタリと合います。


図にするとこうなります。


a23.png


さらに以下の記述をご覧下さい。


「至恩の巻」第十二帖
判らんと申すのは一面しか見えぬことであるぞ、双方を見る目に、早う改心致してくれよ。この白黒まだらな時は長くつづかん、最も苦しいのは一年と半年、半年と一年であるぞ、死んでから又甦られるように死んで下されよ、マコトを心に刻みつけておりて下されよ。



「白黒まだらな時」というのは、「タテカヘ、タテナホシ、過去と未来と同時に来て、同じところで一先づ交じり合う」の事を言っているものと思われます。また、「一年と半年、半年と一年」は足すと3年間であり、タテコワシとタテナホシの交わっている3年間とピタリと合います。 

そして更にこの3年間が最も苦しい3年間だという事が分かります(;゚д゚)


分かり易く図にするとこのようになります。


a24.png


それでは、この「タテコワシ」と「タテナホシ」の計17年間を時節表に重ねてみましょう。


a25.png


こうなりました。

なぜこうなるのか(・ω・)?それは以下の記述です。


「星座の巻」第八帖
「タテカヘ、タテナホシ、過去と未来と同時に来て、同じところで一先づ交じり合う」



〇九十の数を見て頂けると分かると思いますが、「過去」というのは012345678910で、「未来」というのは109876543210だろうと思われます。
また、日月神示の「三年と半年、半年と三年」「一年と半年、半年と一年」などの文面を見ると、やはりド真ん中のココしかないだろうと言う結論に至りました。

というか、タテコワシ・タテナホシが17年間ですので、22年間の時節表の中ではそんなに動かせないんですよね。


という事で、「タテコワシとタテナホシ」の時期が大体分かりました。


問題は、2012年頃(今年)から「白黒まだらな時」に入るって事でしょうか。

これが本当だとすると…今まさに最も苦しい3年間に入ろうとしてるって事なんですよヽ(´Д`ヽ)(/´Д`)/イヤァァァ~
また、「鳴門の仕組」の最後のほうでサラッと触れましたが、「五十二才二の世の始」とは、最も苦しい3年間が始まるという事になります。日月神示には「九十に気つけよ」と再三にわたって強く語られていますが、時節表の〇九十の数を見ても分かる通り、この3年間はまさに「九十」になっちゃってるんですよね(;谷)=3


ってまぁ…怖そうな事ばかり書いておりますが(; ̄ー ̄)

時節表を見て頂くと分かる通り、タテコワシの後にはちゃんとタテナホシがあります。
「建直しの仕組立派に出来てゐるから心配いたすでないぞ」との記述もありますので、一時は絶望的な世界になってしまったとしても、その後には希望のある輝かしい未来が待っているようです。来るべき輝かしい未来に心を合わせていれば、苦は苦ではなくなるのではないでしょうか。(・ω・)

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【日月神示】富士と鳴門の仕組
2012-02-07 Tue 14:02
「富士の仕組」「鳴門の仕組」が出揃いましたので、
2つを合わせて「富士と鳴門の仕組」を完成させてみたいと思います。

a13.png

「鳴門の仕組」で出てきた「五十二才二の世の始」と「五十六才七ヵ月ミロクの世」、また「天明九十六才七ヵ月、ひらく」を、
それぞれ「富士の仕組」でできた時節表に入れてみました。


ここで「鳴門の意味」でも引用しましたが、以下の記述をご覧下さい。


「扶桑の巻」第四帖
ツミケガレ 今はあらじと はらえ給ひそ。

空白とは九八九であるぞ、八と九、九と八の境をひらくことが岩戸を開くことぢゃ、
空白とは最も根本を為す最も力あることであるぞ。


時節表を見ると、「五十二才二の世の始。」「五十六才七ヶ月 みろくの世。」共に、
八と九、九と八の境にある事が分かります。( -ω-)ウンウン


さらに、2016年9月23日からミロクの世になるのですから、
2016年を仮に「ミロク元年」としてみると…

a14.png

2020年の子の歳もキッチリ五の歳になるのです。(・艸・)

そしてさらにさらに、


「紫金之巻」第九帖
新しき御代のはじめのたつの年、あれ出でましぬかくれゐし神。
かくり世もうつし御国の一筋の光りの国とさきそめにけり。



この記述も時節表に見る事ができます。

a15.png

新しい御代とはミロクの世の事でしょうから、「はじめの辰の年」というのはミロク9年です。平成でいうと36年に当たります。平成36年=ミロク9年。369「ミロク」が隠れています。しかもこの富士の仕組(時節表)では、この年はʘになっています。ʘは「神」ですから、「ミロク神」と読め、まさにかくれゐし神という事になります。

さて、ここまでくるとお分かり頂けると思いますが、

「子の歳真中にして前後十年」の子の歳というのは、
「2008年の子の歳」しか有り得ないのです。


仮に1996年の子の歳を真中にしてみましょう…すると富士の仕組(時節表)が2014年で終わってしまい、「五十六才七ヵ月」と「天明九十六才七ヵ月」(2016年)に至りません。

また、2008年より後の2020年の子の歳を真中にしてみましょう…すると今度は2015年から富士の仕組(時節表)が始まってしまう事となり、「五十二才二の世の始。」(2012年)が富士の仕組(時節表)の中に入ってこないのです。


後で気付いた事があれば書き足していきたいと思いますが、とりあえずこれで「富士と鳴門の仕組」を完成とします。


後はこれを元として「日月神示」を考えていきたいと思います。
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【日月神示】鳴門の仕組
2012-02-07 Tue 12:22
鳴門の「意味」が分かりましたので、今度は鳴門の「仕組」に掛かります。

まず、日月神示を読んだ方なら分かると思いますが、天明氏の年齢が記されている記述があります。
あれ?徳仁様は?(・ω・)?とか言わないw

以下の記述がそれです。

「黄金の巻」第十五帖
人から見てあれならばと云ふやうになれば、この方の光出るぢゃ。
行出来ねばお出直し、お出直し多いなあ。独断役には立たんぞ。
イワトびらきの九分九厘でひっくり返り、又九分九厘でひっくり返る。
天明九十六才七ヵ月、ひらく。
かのととり。
一二十


「天明九十六才七ヵ月、ひらく。」

これは文字通り天明氏の事なのですが、これを読み違えるとサッパリ意味が分からなくなります(´・ω・`)
まず、岡本天明という人をwikipediaで調べてみます。

以下wikipediaより引用

岡本 天明(おかもと てんめい、1897年(明治30年)12月4日 - 1963年(昭和38年)4月7日)は画家、神道家、また、神典研究家である。岡山県倉敷市玉島出身。本名は信之、天明は「雅号」である。信之は幼少の頃から、他人には見えないものが見えたり(霊視能力)、聞こえたり(霊聴能力)と霊能力を持っている子供だったという(岡本三典『日月神示はなぜ岡本天明に降りたか』)(参)。また、絵が得意で17歳の頃に神戸三宮で絵の個展を開き、新聞に「天才少年画家現る」と称賛されたという。その後、上京し明治大学に学ぶ。紆余曲折を経て大本教と出会ったのは1920年(大正9年)で天明が22歳の時だった。1944年(昭和19年)に千葉県印旛郡公津村台方(現・成田市台方)の麻賀多神社の末社である天之日津久神社を参拝する。その直後、同神社の社務所で大本系の関連啓示となる『日月神示』(別名:『ひふみ神示』、『一二三神示』)を自動書記する。 この自動書記現象は約17年間にわたって続き後に全39巻(本巻38巻、補巻1巻)にまとめられた。なお書かれた文体は漢数字とカナ文字と記号などからなり、書記した天明自身、当初はまったく読めなかったといわれる。その後、仲間の神典研究家や霊能者の協力のもと少しずつ解読が進み天明亡き後も妻の 岡本三典の研究と努力で、一部を除きかなりの巻が解読されたと言われている。一方では日月神示の読み方や解読は8通り有るといわれ、その内の1つ、2つに成功したとの認識が関係者の間では一般的である。


岡本天明氏は1897年12月4日に生まれた事が分かります。
では、天明氏の誕生日に96歳7ヵ月を足してみましょう…

すると、1994年7月4日になります。

この年に何かひらいたんでしょうか?私には分かりませんでした(´・ω・`)
ってか、目に見えないモノがひらいてりしてw



いやいや…ヾ(;´▽`A``



もう一度wikiより引用した文をよくよくご覧になってみて下さい。



「本名は信之、天明は「雅号」である。」

ココがミソです。\_(`・ω・)ハイ、ココネ、ココ!



岡本信之氏が生まれた日とは別に、岡本天明氏が生まれた日があるという事です。

日月神示には「天明九十六才七ヵ月」と書かれていますので、天明(天命)を授かったその日から「96年7ヶ月」と解釈するのではないか。

では天明(天命)を授かったのはいつなのでしょう?(・ω・)



岡本三典著【日月神示はなぜ岡本天明に降りたか】50~51Pより引用
1920年に「岡本天明」と名乗り始めている。



月日までは分かりませんでしたが、「1920年」に天明(天命)を授かった事が分かりました。
それではこの1920年の誕生日に96才を足してみましょう。


1920年 + 96才 = 2016年


という事は、


2016年〇月〇日、ひらく。

という事になります。




さて、ここからが本題です。

同じ「黄金の巻」に、年齢だけが記され名前のない記述があったりします。

以下の記述がそれです。


「黄金の巻」第五十四帖
目的よくても実行の時に悪い念入ると悪魔に魅入られるぞ。
心せよ。
雨、風、岩、いよいよ荒れの時節ぢゃ。
世界に何とも云はれんことが、病も判らん病がはげしくなるぞ。
食ふべきものでない悪食うて生きねばならん時来るぞ。
悪を消化する胃袋、早うせねば間に合はん。
梅干大切心の。

五十二才二の世の始。
五十六才七ヶ月 みろくの世。
十二月七日一二十


これが誰の年齢なのか?
同じ黄金の巻の15帖には「天明九十六才七ヵ月」と書いてありましたので、
何も考えずに読めば、天明氏の年齢に読めてしまいます。
が、実際に計算してみると、とっくに「みろくの世」になってしまっている事になります('A`)
さすがにそれは間違いだろうと気付きますが…

では、一体誰の年齢なのか(・ω・)?

日月神示の中には天明氏以外の名前(皇太子徳仁親王)が隠されていた事が既に分かっています。
この方の年齢に合わせてみるとどうでしょう?すると驚くべき一致が…(*´Д`*)ハァハァ

まず、皇太子徳仁様をwikipediaで調べてみます。

以下wikipediaより引用

皇太子徳仁親王(こうたいし なるひとしんのう、1960年2月23日 - )は、日本の皇族。今上天皇の第一皇子。母は皇后美智子。御称号は浩宮(ひろのみや)。身位は皇太子、親王。皇室典範に定める敬称は殿下。お印は梓(あずさ)。勲等は大勲位。学位は人文科学修士(学習院大学・1988年)。その他、名誉学位・称号として名誉法学博士(ケンブリッジ大学)などがある。皇位継承順位第1位。

皇太子徳仁様は1960年2月23日にお生まれになった事が分かります。

それでは徳仁様の御年齢を「五十二才二の世の始。」「五十六才七ヶ月 みろくの世。」に当てはめてみましょう。

徳仁様は今年(2012年)52才になられますので、

五十二才二の世の始 = 2012年二の世の始

となり、

更に「56才7ヵ月 みろくの世」というのは、

五十六才七ヶ月 みろくの世 = 2016年9月23日 みろくの世

となります。

みろくの世が始まるのは2016年という事になります。

「天明九十六才七ヵ月」というのが月日こそ分からないものの、2016年という事が分かっています。


同じ年になるんですねぇ(;゚д゚)ゴクリ


岡本信之氏が「岡本天明」と名乗り始めたのは22歳の時であり、日月神示の書き出しは「富士(二二)は晴れたり日本晴れ」です。
そして皇太子徳仁様の誕生された日は2月23日で、この日は富士山の日です。これらはきっと偶然ではないでしょう(・艸・)


つまり、


「五十六才七ヶ月みろくの世」「天明九十六才七ヵ月、ひらく」は、


どちらも同じ事を言っている可能性が高い。


ではなぜ同じ事を2度も言っているのでしょうか? さらにこれらを合わせて読んでみたいと思います。

五十六才七ヵ月 = 天明九十六才七ヵ月 = 2016年9月23日となりますから、違うのは「みろくの世」と「ひらく」の表現だけです。
「ひらく」といえば「岩戸」の事でしょうから、

2016年9月23日 岩戸がひらいて みろくの世になる。

まぁ大体このような意味になるのではないでしょうか(・ω・)


2016年9月23日に岩戸がひらいてミロクの世になる事が分かりました。


では、

「五十二才二の世の始」とは何なのか?

恐らく、この年(2012年)からミロクの世に至るまでの期間が、所謂「大峠」となるのではないでしょうか。
この部分は長くなりそうなので、後で別に書きたいと思います。


鳴門の「仕組」とは、時節において、皇太子徳仁様の御年齢が深く関わっているという事です。
まだまだ謎だらけですが、一応これで鳴門の「仕組」は終わりにしたいと思います。

次は「富士の仕組」と「鳴門の仕組」を合わせて、「富士と鳴門の仕組」を完成させてみたいと思います。

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【日月神示】「鳴門」の意味
2012-02-04 Sat 10:41
「富士の仕組」が分かりましたので、次は「鳴門の仕組」に掛かりたいところですが、
鳴門の「意味」が分からないと「仕組」が分からないようになっていましたので、
「意味」と「仕組」を分けて記事にしたいと思います。

まず日月神示の中から「鳴門」の記述を探し出してみます。
※渦の記号がなかったので@マークを代用させて頂きました。


「星座の巻」第二帖
ナルの仕組とは【成十】(七@十)の経綸であるぞ、
八が十になる仕組、岩戸(言答)ひらく仕組、今迄は中々に判らなんだのであるが、
時節が来て、岩戸がひらけて来たから、見当つくであろう、
富士(二二、普字)と鳴門(ナルト)(七@十、成答)の仕組、結構致しくれよ。


「至恩の巻」第十六帖
七から八から鳴りて十となる仕組み、なりなりあまるナルトの仕組み。



ちょっと整理してみませう(・ω・)

(1)ナルの仕組みとはナルト(成十)(七@十)(成答)の仕組み
(2)八が十になる仕組み
(3)岩戸(言答)ひらく仕組み
(4)七から八から十になる仕組み

(2)と(4)が似ているのが分かります。
八が十になるには「九」がなければならない。
七八から十になるには、やはり「九」がなければならない。
どちらも「九」が抜けているという事です。
つまり、「ナルト」=「七八九十」とすれば、「岩戸(言答)」が開けるという事でしょうか。
とりあえず分かり易いよう図にしてみました。

a07.png

読みは全て「ナルト」です。とても分かり易くなりました(*´Д`*)アハァ
この表を縦に見ると「@」=「八九」という事が分かります。
つまり「@」は、「七から十になるさま」を表す記号として使われているという事です。
例えば「七十」や「七十」のような記号も「七から十になるさま」を表す記号ですので、これらの記号と同じような扱いという事です。

さて、それでは、岩戸(言答)をひらくとはどういう意味なのでしょうか?
日月神示の中にちゃんと書いてありました。


「扶桑の巻」第四帖
ツミケガレ 今はあらじと はらえ給ひそ。

空白とは九八九であるぞ、八と九、九と八の境をひらくことが岩戸を開くことぢゃ、
空白とは最も根本を為す最も力あることであるぞ。


まず、「空白とは九八九」という記述で、八と九が空白という事が分かりました。
もっと分かり易くする為、空白となる部分を赤くしてみました。

a08.png

[八九」は空白であり、「@」は「七から十になるさま」を表す記号(「~」のようなもの)であることが既に分かっていますので、
「@」もまた空白と言えるでしょう。実際、赤でしるした部分は省いてしまってもなんとなく「ナルト」と読む事ができそうです。

そしてこの「空白(九八九)」の部分を、開く(八と九、九と八の境)事が「岩戸を開くこと」のようです。


a09.png



「岩戸」を開くわけですから、中から出てくるのは「天照大神」でしょう。


a10.png



こうなりました。

でも…読めません。では、なんと読むんでしょうか?(・ω・)


「空白とは最も根本を為す最も力あること」と書いてありますので、


ココに出てくる文字はコレしかないでしょう。


a11.png



そして天照大神と言えば…
ひ‐の‐かみ【日の神】太陽神。天照大神(あまてらすおおみかみ)


「ʘ」は日月神示の中では「カミ」と読みますが、日月神示の もこの「ʘ」ですので「ひ」とも読む事ができます。
したがって、この「ʘ」だけで「日の神(天照大神)」と読む事ができます。



という事で、



a12.png



八が十になる仕組、岩戸(言答)ひらく仕組、今迄は中々に判らなんだのであるが、
時節が来て、岩戸がひらけて来たから、
見当つくであろう、



時節が来れば見当のつく「鳴門」って…( ゚д゚)ハッ!



皇太子徳仁 なるひと 親王の事だったのです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/皇太子徳仁親王



鳴門」=「皇太子徳仁親王」という事が分かりました。


では次に、鳴門の「仕組」とは何なのか考えてみたいと思います。
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【日月神示】富士の仕組
2012-02-03 Fri 15:48
「日月神示の中には「子の歳真中にして前後十年が正念場」という記述があります。この「子の歳真中にして前後十年」の意味が分かれば「時節」が解ける事が分かりました。

そしてその「子の歳」というのはズバリ2008年です。

なぜ2008年なのか?2008年でなければ「時節」が成り立たないようになっていたんですよ('A`)

という事で、「時節」を解くカギとなる「子の歳真中にして前後十年」から読み解いていきたいと思います。

はじめに「子の歳真中にして前後十年」この言葉をそのまま言葉通りにとると、
前5年・後5年の計10年と、前10年・後10年の計20年のどちらかになると思います。

確かに「子の歳真中にして前後十年」だけを読めばこの2通りになるでしょう。

しかし「日の出の巻」の第二帖には、

五の歳は子の歳ざぞよ。」

って書いてありますので、前5年・後5年の計10年だという事が分かります。
実際に表にしてみました。

a01.png


分かりやすいように表の横に数字を入れてみましたが、 
ご覧の通り「子の歳真中」にすると10年になりませんでした(==)
そもそも10は偶数なので、当たり前ですが5を真中になどできないのです。
そこで思い付くのが大体以下のようなパターンでしょうか。

a02.png


前5年(12345)と後5年(678910)を分けて、真中で重ねるパターン。
これだと確かに「五の歳は子の歳」にして前後十年になります…
しかし同時に「六の歳も子の歳」になってしまいます。
そのような記述は日月神示には出てきません…(==)

ところが、あったんですね、「子の歳真中」にして10年にする方法が。
しかもちゃんと日月神示の中に書いてありました。

「至恩之巻」の第十五帖
12345678の世界が12345678910の世となりて、
012345678910の世となるのぢゃ、
012345678910が〇九十(マコト)と申してあろうがな。
裏表で二十二ぢゃ、二二の五ぢゃ、
二二は晴れたり日本晴れぞ、判りたか。

「至恩の巻」第二帖
フトマニとは大宇宙の法則であり秩序であるぞ、
神示では012345678910と示し
その裏に109876543210があるぞ、
〇九十(マコト)の誠であるぞ、合せて二十二、
富士(普字、不二)(フジ)であるぞ。神示の始めに示してあろう。
二二(富士)は晴れたり日本晴れぞ。


という事で、記述通り「子の歳真中にして前後十年」を表にしてみました。

a03.png


子の歳真中にできました。
これが〇九十(マコト)の「子の歳真中にして前後十年」です。

そして、その後に…

「至恩の巻」の第十五帖
12345678の世界が12345678910の世となりて、012345678910の世となるのぢゃ、012345678910が〇九十(マコト)と申してあろうがな。

裏表で二十二ぢゃ、二二の五ぢゃ、二二は晴れたり日本晴れぞ、判りたか。

「至恩の巻」第二帖
フトマニとは大宇宙の法則であり秩序であるぞ、
神示では012345678910と示し、
その裏に109876543210があるぞ、 〇九十(マコト)の誠であるぞ、合せて二十二、富士(普字、不二)(フジ)であるぞ。
神示の始めに示してあろう。二二(富士)は晴れたり日本晴れぞ。


と書いてあります。

つまり、二十二の五が子の歳という事になりますので…

こうなります。

a04.png

そしてさらに…

神示では012345678910と示し、
その裏に109876543210があるぞ、

という事ですので、

a005.png


言葉通りにするとこうなりました。
本当にこれで良いのでしょうか…この時点では半信半疑ですが、以下の記述をご覧下さい。

碧玉の巻 第七帖
始めの日は始めの日に過ぎん、始めの前にあるものが判らなければ、それは只の理屈に過ぎんぞ、マコトでないぞ、根から出たものではない、枝葉に過ぎん、男から女は生れんぞ、奇数から偶数は生れんと申してあろうが、一つのものの表が男であるぞ、裏が女であるぞ、男から女をつくったと申すのは或る時期に於ける教ぢゃ、岩戸がひらけたのであるから教へではならん、道でなくてはならんと申してあるぞ、道は永遠ぢゃ、〇から出て〇に至るのぢゃ。


時節表を見て下さい。始めに〇を入れる事で終わりも〇に至っていますね。
ここまでは完璧ではないでしょうか。

でも、これでは0〜10と10〜0で合わせて22にはなりますが、
数を足すと10+10=20になってしまいます。
これでヨシとするのも良いですが、でも、なんだか納得いきません('A`)

そこでコレです。

「至恩の巻」第十六帖
二二と申すのは天照大神殿の十種の神宝にゝを入れることであるぞ、これが一厘の仕組。二二となるであろう、これが富士の仕組、七から八から鳴り鳴りて十となる仕組、なりなりあまるナルトの仕組。


「十種の神宝にゝを入れること」のようです。ではどこに「ゝ」を入れるんでしょうか?

「至恩の巻」第四帖
この時代には一二三四五六七八九十の数と言葉で、死者も甦る程の力があったのであるなれど段々と曇りが出て来て、これだけでは役にたたんことになって来たのぞ。
岩戸開きの鍵であったが、今度の岩戸ひらきには役にたたんようになったのであるぞ。
始めにʘがなくてはならん、ʘは神ぞ。


要するに「一二三四五六七八九十の数の始めにʘがなくてはならん」という事です。

つまり、こうなります。

a06.png


「秋の巻」第二十帖
科学にゝ入れると宗教となるのぢゃ。
ゝは数。
カネは掘り出せん。
生み出してくれよ。


「ゝは数。」という事ですから、これで22になったようです。

これで二二の完成です。
そしてこの「時節表の完成」これこそが、
「富士の仕組」という事になるようです。


まだまだ続きますが、長くなるので一旦ココで切ります。
今後はこの時節表をベースに展開していきますので、ココが理解できなかった人は今後も理解する事ができませんのでご注意下さい(;´Д`A ```
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