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【日月神示】ハルマゲドン2
2012-04-10 Tue 12:16
なんだか映画のタイトルみたいになってしまいましたが(==)

先日の記事「三十年で世の立替いたすぞ。」の最後のほうで、
「ハルマゲドン」と続く「旧九月八日」の記事は練り直して再UPする予定です。
と書きました。

という事で、今回はその「ハルマゲドン」を再度練り直した記事となりますw

ええと。まず、以前書いた「ハルマゲドン」で最終的に完成したのがこの表↓です。

a18.png

で、これが再度見直す必要があるのではないか?
という事で、じっくりと見直してみた結果・・・




間違ってませんでした(・∀・)♪




それどころか、これでほぼ時節の全貌が見えてくる事が分かりました(・艸・)
では、これから解説していきませう。

まず、「三十年で世の立替いたすぞ。」で1995年はマコト(〇九十)の数が「8」になるので、「八は開く」&「八月ぐらぐら」としました。
つまり、マコト(〇九十)の数が「8」だから「8月」としました。
この表↓の1995年のとこですね。

052.png

これが大きな間違いだったのです。
いや、実際は、半分合ってて、半分間違ってるって感じw

では、この表に「ハルマゲドン」で書いた通りの「12ヵ月の流れ」を加えてみませう。

060.png

こうなりますね。
1995年は「8」なので、「開く」なのですが、この年は「4月」になりました。
んまぁ、だからこの年はマコト(〇九十)の数通り「8月」ではないか?としてしまったのですが。

ところが、以下の記述をご覧ください。

「日の出の巻」第六帖
三、四月に気つけて呉れよ、
どえらい事出来るから何うしても磨いておいて下されよ、
それまでに型しておいて呉れよ。

「キの巻」第四帖
これからは神が化けに化けて心引くことあるから其のつもりでゐて呉れよ、
三、四月気付けて呉れよ。

「雨の巻」第十五帖
今度次の大層が出て来たら愈々ざぞ。
最後の十十目−透答命−ざぞ、今度こそ猶予ならんのざぞ、
キリキリであるから用意なされよ、三四月気付けよ、キきれるぞ。


061.png

断言しましょう。
「三、四月気付けよ」とは「1994年・1995年気付けよ」という意味だったのです。
前にも書きましたが、八が開く時には「九」もセットで開くのです。
「八、九」がセットで開く訳ですから、「三、四月」をセットにして気付けろと言っているのです。
そして更に、あの言葉・・・「五の歳は子の歳ざぞよ。」
時節表を見て下さい。「12ヵ月の流れ」を加える事によって、全ての子の歳が五の歳になるんですね。

では、更に続けます。
以下の記述。

反対の世界と合流する時、平面の上でやろうとすれば濁るばかりぢゃ、合流するには、立体でやらねばならん、立体となれば反対が反対でなくなるぞ、立体から複立体に、複々立体に、立立体にと申してあろう、漸次輪を大きく、広く、深く進めて行かねばならんぞ、それが岩戸ひらきぢゃ、低い世界は戒律なくてはならんぞ、人民の頭で、戒律と秩序、法則をゴッチャにして御座るぞ、平面と立体とをゴッチャにするのと同じ迷ひの道であるぞ、気つけ下されよ。病むことは神から白紙の巻物をもらったことぢゃ、この巻物をどんなに読みとるかによって新しき道がひらけるのぢゃ。神からの巻物おろそかにするでないぞ。

「反対の世界と合流する時」というのは、表を見てもらえば分かると思いますが、逆さまに遡っていく数字の事ですね。↓の赤で記したところです。

062.png

この数字はマコト(〇九十)の数なのですが、
青で記した逆さまではない数、これを基準に「12ヵ月の流れ」を振ってやると反対だった数も反対ではなくなります。これが「立体でやらねばならん」という意味なのでしょう。
今現在この時節表が何立体までできているのかは分かりませんが(==)

それでは、ハルマゲドンはいつになるのでしょう。
これは前回同様変更はございませんので、こうなります↓

063.png

他にも「春夏秋冬」あるじゃん。なんでココになるの(・ω・)?


それはなぜか・・・


「八は開くと申してあろうが」という事です。


そして八が開く時は九もセットで開くのです。

では、開くポイントを分かり易く時節表で見てみませう(・ω・)
064.png

開くポイントはこの3カ所です。

この中で、

春に開く「八」は・・・


2016年しか存在しないんです。


もうちょっと続けますw

以下の記述をご覧下さい。

「黄金の巻」第十三帖
三年の苦しみ、五年もがき、七年でやっと気のつく人民多いぞ。
皆仲よう相談し合って力合せて進め進め。

「黄金の巻」第二十三帖
金の世すみて、キンの世来るぞ。
三年目、五年目、七年目ぢゃ、心得なされよ。

「冬の巻」第十八帖
三年目、五年目、七年目ぞ、めでたいナア、めでたいナア。


なんだかとても嬉しそうな記述です。
これらの記述は間違いなく「タテナホシ」である7年間の事を言っているのでしょう。

更にこの記述。

「夜明けの巻」第一帖
あら楽し、 あなさやけ、  元津御神の 御光の、 輝く御代ぞ 近づけり。
岩戸開けたり 野も山も、 草の片葉も 言止めて、
大御光に 寄り集ふ、 誠の御代ぞ 楽しけれ。
今一苦労 二苦労、 とことん苦労 あるなれど、 楽しき苦労ぞ 目出度けれ。
申、酉すぎて 戌の年、 亥の年、子の年 目出度けれ。
一二三の裏の御用する身魂も今に引き寄せるから、その覚悟せよ。
覚悟よいか。待ちに待ちにし秋来たぞ。


この記述も「タテナホシ」の期間の事でしょう。
もう一度時節表をご覧下さい。
この時節表、2024年で終わるのですが、
ちゃんと「秋」で終わっていますね。(*゚∀゚)=3

063.png

では、この秋に何があるのでしょうか?
それはこの記述から分かるのではないでしょうか。


はらひため 千城百国 精治万歳。
三年と半年、半年と三年であるぞ、その間はクラヤミ時代、火をともしてもくらいのであるぞ、あかるい人民にはヤミでも明るい、日は三日と半日、半日と三日、次に五年と五年ぢゃ、五日と五日ぢゃ、このこと間違へるでないぞ。
手足の爪まで抜きとられ、あるにあられん、むごいことにされて追ひやられたのであるが、マコトはマコトぢゃ、時めぐりきて、我がとれたので、光がさしそめたのぢゃ、岩戸がひらけたのぢゃ。
神が苦しむ時は人民が苦しみ、人民苦しむ時は神も苦しむのぞ。
世界中の苦しみ、地上の苦しみ、天上の苦しみぞ、この大峠を越してから大いなるタメシがあるぞ、人の心のむつかしさ計り知れん程であるなれど、見て御座れ、見事なこと致して見せるぞ。


「三年と半年、半年と三年〜五年と五年〜五日と五日〜」の記述は「タテコワシとタテナホシ」で計17年間だという事を述べました。そして上の記述からも分かる通り、この17年間の後に「大いなるタメシがある」ようです。17年間のタテコワシとタテナホシ後という事は、時節表を見て頂ければ分かりますが、2022年・2023年・2024年頃になります。ここら辺で「大いなるタメシがある」のではないでしょうか。でも、「大いなるタメシ」って何でしょうね。「見事なこと致して見せるぞ」って事なので、もはやここまでくるとおまかせモードなのかも知れませんが(笑...エナイ


それでは、次は「旧九月八日」を再度練り直してみませう(・ω・)


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