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【日月神示】時節表の補足と解説
2012-05-01 Tue 18:21
さて、今んとこできた時節表がコレ↓ですが。

080.png

これでほぼ時節表は完成したと思っています。

ここまで、私の言っている事がどこまで理解されているのか恐ろしく謎ですがw
分かる人にだけ分かれば良いというスタンスで、実は今までかなりハショって書いてきています。記事ごとに追記しょうかなぁとも思いましたが、今回はまとめてそこら辺のお話しをしたいと思います。

まず【富士の仕組】
〇九十(マコト)の数「012345678910」ができました。
詳しくはコチラから。

a03.png

この〇九十(マコト)の数の関連する記述として更に以下のものがあります。

「碧玉の巻」第五帖
七は成り、八は開くと申してあろうが、八の隈からひらきかけるのであるぞ、ひらけると〇と九と十との三が出てくる、これを宮と申すのぞ、宮とはマコトのことであるぞ、西と東に宮建てよと申すこと、これでよく判るであろうが、マコトの数を合せると五と五十であるぞ。
中心に五があり、その周辺が五十となるのであるぞ。
これが根本の型であり、型の歌であり、型の数であるぞ、摩邇の宝珠であるぞ、五十は伊勢であるぞ、五百は日本であるぞ、五千は世界であるぞ、このほう五千の山、五万の川、五億のクニであるぞと申してあろうがな。


「マコトの数を合せると五と五十であるぞ。」
「中心に五があり、その周辺が五十となるのであるぞ。」


「五と五十」ですから、合せると答えは55ですね。
では、マコトの数を合わせてみませう(・ω・)

0+1+2+3+4+5+6+7+8+9+10=55

この記述の一番言いたい事は合わせて55という事ではなく、
「中心に五」がなければならないという事です。

1+2+3+4+5+6+7+8+9+10=55
でも答えは同じく55になりますが、5が中心になりません。
要するに最初に「レイ」を入れろって事が言いたいんですね。

更に、

「天つ巻」第十帖
一二三の裏に〇一二、三四五の裏に二三四、五六七の裏に四五六の御用あるぞ。
五六七すんだら七八九ぞ、七八九の裏には六七八あるぞ、八九十の御用もあるぞ。
だんだんに知らすから、これまでの神示よく心に入れて、ジッとして置いて呉れよ。


これも、一見意味不明な記述ですが、
前途したように言いたい事は同じだったりします。
以下のようにしてみるとよく分かると思います。

表→ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
裏→ 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10


一二三の裏に〇一二、三四五の裏に二三四、五六七の裏に四五六の御用あるぞ。
五六七すんだら七八九ぞ、七八九の裏には六七八あるぞ、八九十の御用もあるぞ。

全くその通りではないですか?
これも最初に「〇」を入れろって事が言いたいんですね。
そしてこの最初に「〇」を入れる事で、「始の始と始が違ふぞ。」の、一番最初の「始」が正される事になります。
もっかい貼っときますw

a03.png

そして、以下の記述から・・・

「至恩の巻」第二帖
フトマニとは大宇宙の法則であり秩序であるぞ、
神示では012345678910と示し、その裏に109876543210があるぞ、 〇九十(マコト)の誠であるぞ、合せて二十二、富士(普字、不二)(フジ)であるぞ。
神示の始めに示してあろう。二二(富士)は晴れたり日本晴れぞ。


22年間の時節表ができました。

a005.png

この22年間の時節表ですが、更に関連する記述がコレ↓です。

「夏の巻」第二十五帖
二十二のように知らすぞ。
神の仕組、間違ひなし。
どしどしと運べよ。

「黄金の巻」第四十三帖
天国の礎、出足の地場は二二からぢゃ。
二二の道は秘文の道ぢゃ。

「春の巻」第二十一帖
二二のマツリ、出船の港ぢゃ。

「春の巻」第二十五帖
出足の港は二二の理からぢゃと申してあろう。


まずは22年間の時節表、
これを作る事が最初の作業ってところでしょうか。

では次に、二二(富士)という事で22年間の時節表ができましたが、
実は「三十年で世の立替いたすぞ。」という記述が後に出てきます。

30年から22年を引けば8年です。また「始の始と始が違ふぞ。」という事でしたので、
22年の前に8年を足して計30年の時節表↓となりました。詳しくはコチラから。

081.png

これで「始の始と始が違ふぞ。」の「始の始」が正された事になります。

で、30年の時節表ができましたが、「8」は「9」とセット、言わば2枚扉のような存在なので「9」もあるはず、そして「始の始と始が違ふぞ。後になるほどよくなるぞ。終りの中に始めあるぞ。」という記述を元に終わりの数「10」から始まる時節表↓ができました。

080.png

「9」と「10」を加えて1993年から始まる計32年間の時節表。1993年というのは酉年になるのですが、これが日月神示の記述に出てくる「マコトのことはトリの年」ではないか?としましたが、もちろんこれにもちゃんとした理由がありますw
日月神示では「トリ」「十理」と書き、またこれを「どうり(道理)」とも読みます。

つまり、

「トリ」=「十理」=「道理」

「トリ」は「トリの年」と言っているので酉年のことでしょう。
「十理」の「理」は日月神示では「みち」と読むので、「10の道」という事になります。
そして「道理」の意味は「物事の正しいすじみち。また、人として行うべき正しい道。」という意味になります。「トリ」にはこんだけの意味が内包されているんですね。
これらの意味を考えると、1993年の酉年が「マコトのことはトリの年」で間違いないでせう。また、22年の時節表に8年を足し、更に「9」と「10」の2年を加えて計32年の時節表ができましたが、これで「始の始と始が違ふぞ。」の全ての「始」が正されたのではないでしょうか。

更に、この記事の最初に引用した記述をもう一度ご覧下さい。

七は成り、八は開くと申してあろうが、八の隈からひらきかけるのであるぞ、ひらけると〇と九と十との三が出てくる、これを宮と申すのぞ、宮とはマコトのことであるぞ、西と東に宮建てよと申すこと、これでよく判るであろうが、マコトの数を合せると五と五十であるぞ。
中心に五があり、その周辺が五十となるのであるぞ。
これが根本の型であり、型の歌であり、型の数であるぞ、摩邇の宝珠であるぞ、五十は伊勢であるぞ、五百は日本であるぞ、五千は世界であるぞ、このほう五千の山、五万の川、五億のクニであるぞと申してあろうがな。



「ひらけると〇と九と十との三が出てくる」

最初に「〇」を入れて22年間の時節表ができました、その後、8年間を足して30年の時節表となり、更に「9」「10」の2年間を加えて計32年間の時節表ができました。「ひらけると〇と九と十との三が出てくる」全くその通りになっている事に気付きます。

更に続けますw
以下の記述。

「光の巻」第七帖
十の流れ、十二の流れと今に判る時来るぞ


これは「イスラエルの失われた10支族」とか、そこら辺の事を言っているんだろうと思いますが、この時節表においてもこの流れが重要だったりします。

082.png

とまぁ、今までの時節に関する記事の補足としてはこのくらいでしょうか。
結局、今回も分かる人にしか分からない記事になってしまいましたが(==)
どんだけの方が私のブログを見て理解しているのか知りたいので、読まれて「ガテン」された方は各記事下の「拍手ボタン」をポツっと押してやって下さい。ヤル気にもつながりますので。<(__)>

ちなみにワタクシ、この「拍手ボタン」が何の為にあるのか未だに分かっていませんw

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