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大庭の富士と大黒主
2012-08-26 Sun 17:26
書きたい事が沢山あるのですが、なかなか書けません(==)
作文は苦手です('A`)

えぇと、最近は○の国の火病が凄まじいですが。
我が国の首相もこれまた○だったりします。

これぞまさに・・・

一の大将と二の大将とが大喧嘩すると見せかけて
世界をワヤにする仕組


本当にこのパターンが好きなのですね、分かります(==)

次にコレ↓

taifu1415.jpg

14号はセンカクへ。15号はタケシマへ。
これって、神風なのでしょうか。(;゚∀゚;)!!
とは言え、沖縄・九州あたりはとてつもなく心配ですが。

先日ココで書きましたが(まぁ、私が書いたんじゃありませんが)
我々日本人は日本魂を取り戻し、冷静に見守っていきませう(・ω・)

という事で本題はここから。

先日の記事の最後のほうで、「神魂神社」にお参りしてきました。
と書きましたが、まずはそこから。

kamosu01.jpg

「神魂神社」というネーミングだけでヒヤリとしてしまいますが、
これ「かもすじんじゃ」と読むんですね。詳しくはココから。

で、先日私も撮ってきました。もったいないので貼っときますw

kamosu02.jpg

ここはかなり急ですが、見上げると本殿が見えます(・∀・)♪

kamosu05.jpg

これが本殿。出雲大社よりも古く、最古の大社造。という事みたいです。

kamosu06.jpg

まぁ、こんな感じです。

えぇと、どうしてこの神社へ参ってきたかと言いますと、
私の父母はここで結婚式を挙げたのですね。
ここではなかなか結婚式を挙げる事はできないそうなのですが、
では、なぜできたのでせう?(・ω・)




コネです。('A`)




まぁ、そんなこんなでw
ちっちゃい頃からおじいちゃんに連れられて、
私と姉はよくここで遊んだものです。(  ̄- ̄)トオイメ
でも、この神社の名前を知ったのは大人になってからなのでした。

それはなぜか?(・ω・)

この神社、地元では「大庭の大宮さん」と呼ばれてるんですね。
ですから、私も大人になるまでここは「大宮さん」という神社だと思っていたのでした。まぁ、よくある話しです(ないですか?w

で、「神魂神社」というネーミングも凄いですが、
「大庭の大宮」でピンとくるのが、日月神示のこの記述↓

「上つ巻」 第五帖(後略)
富士とは神の山のことぞ。
神の山はみな富士-二二-といふのぞ。
見晴らし台とは身を張らすとこぞ、身を張らすとは、身のなかを神にて張ることぞ。
臣民の身の中に一杯に神の力を張らすことぞ。
大庭の富士を探して見よ、神の米が出て来るから、それを大切にせよ。
富士を開くとは心に神を満たすことぞ。




大庭の富士を探して見よ
神の米が出て来るから
それを大切にせよ。



いやぁ、まさかなぁ。
大庭なんて地名、他所にもあるっしょ。とか思いつつ・・・
「大庭の富士」という事で、ここら辺の山を調べてみる。
まず、神魂神社の裏山のほうは「八雲」である。
つまり、八重垣神社がすぐ近くにあるって事ですね。
地元民じゃないとちょっと分かり辛いので地図載っけときます。
※ついでに周辺の神社も載っけてみる。

chizu02.jpg

で、あぁ、八雲かぁ。
でも八雲の山ってあんまり知らないなぁ。
という事で、「八雲 山」で検索してみると・・・
単純に「八雲山」というのがあるのですね、知りませんでした(==)
で、次にこの八雲山を調べると、大本教のHPに辿り着くのです。
出口王仁三郎氏がここに来てたみたいですね(;゚∀゚;)!!
というか出口王仁三郎氏はちょくちょく山陰に来られてたのですね、知りませんでした(==)
詳しくはココとかココとかココとか。

で、上のリンクした中からの引用ですが、
出口王仁三郎氏は、ここで以下の三首歌が刻まれた歌碑を立ててるんですね。


千早ぶる神の聖跡(みあと)をしたひつつ
八雲の山に吾(われ)きつるかも

八雲立つ出雲の歌の生まれたる
須賀の皇居(みやい)の八重垣の跡

大山(だいせん)はみそらに霞み海は光(て)る
出雲の国は錦の秋なり



という事で、これは実に怪しい山だなぁと・・・
画像検索で八雲山を調べてみると、

yakumoyama.jpg
画像お借り致しました<(__)>

まるでピラミッドじゃねーか('A`)

という事に気付きます。

日本のピラミッドについてはコチラの方が詳しく書かれておられます。

ピラミッドの形って事は、ちっちゃい富士?
という事で、八雲山が大庭の富士なのでしょうか(・ω・)

ただ、地元で「富士」と呼ばれる山と言えば・・・
先ほど出口王仁三郎氏の歌碑の中にも出てきました「大山」。

大山しかないのですが。(・艸・)
http://ja.wikipedia.org/wiki/大山_(鳥取県)

しかもこの大山が実に不思議な山で、
出雲側から見ないと富士山のように見えないんですね。
その名を「伯耆富士」または「出雲富士」と言います。
コレ↓ですね。

daisen000.jpg

何気に私のプロフ画も大山だったりするのですが。
ちょっと話しが逸れますが、どうして私が大山の写真をプロフ画にしているのかと言いますと、このブログを始めた当初のブログタイトルは「伯岐富士」だったのですよ。んでも、日月神示を読んでおられる方にどうしても読んで頂きたく、現在のブログタイトルにしました。で、もうかなりの人に読んでもらえたので、そろそろ「伯岐富士」に戻そうかなぁと思ってたりします。ヾ(;´▽`A``

という事で話しを戻します。

この大山ですが、『出雲国風土記』の中では「火神岳」(ほのかみだけ)、古くは大神岳(おおかみのたけ)と呼ばれ、また、ここに大神山神社というものあり、増々謎が深まるのですね(==)


ここで出口王仁三郎氏の霊界物語に目を向けてみませう。
霊界物語と言えば「オニド」という事で、
オニドさんとこからちょこっと引用させて頂きます<(__)>

第72巻まではインドでバラモン教主の大黒主(おおくろぬし)を調伏する話になっており、しかし調伏する前に霊界物語が終わっています。
それ以降のストーリーはどうなる予定かと言うと──三五教の宣伝使たちがインドのハルナの都に到着すると、バラモン教の大黒主は部下を連れて逃げてしまい、海を渡り、遠く離れた日本の伯耆大山(ほうきだいせん)(鳥取県)に姿を隠し、それを追って神素盞嗚大神も日本に渡って、大黒主に取り憑いた八岐大蛇を退治して叢雲の宝剣を手に入れる──そういうストーリーになるということが、霊界物語の各所で予告されています。



なるほど。

神素盞嗚大神はここ、大山で八岐大蛇を退治するのですね。

あー。だからこの地は、トリンドル鳥取トリをとるなのか。
http://thesaurus.weblio.jp/content/トリを取る

あ、そうそう。ここに出てくる「大黒主」ですが、
先ほどのオニドさんとこにこのように書かれています。

古事記ではスサノオは、自分の子孫(6代目の孫。日本書紀ではスサノオの子になっている)の大国主(おおくにぬし)に国土経営を委ねていますが、大国は「ダイコク」とも読めるので、仏教の大黒天(元はヒンズー教のシバ神の化身)と習合して大黒様(だいこくさま)として広く信仰されています。



ちなみにこれ、日月神示では「五度目の岩戸閉め」として書かれています。

仏教の渡来までは、わずかながらもマコトの神道の光がさしてゐたのであるなれど、仏教と共に仏魔わたり来て完全に岩戸がしめられて、クラヤミの世となったのであるぞ、その後はもう乱れほうだい、やりほうだいの世となったのであるぞ、これが五度目の大き岩戸しめであるぞ。



コチラに詳しく書かれていますが、そこから一部転載させて頂きます。

大黒天との習合
 大黒天は元々インドの神様ですが、インドでは悪と戦う「戦(いくさ)の神様」で、凄い怒りの表情をされている、という今の大黒さん像からはまったく想像もつかない神様だったようです。それが、中国を経由して、平安初期に仏教僧によって日本にもたらされると、すぐに大国主大神と習合したのではないかと言われています。習合した理由は大国と大黒の音が同じだから、という理由が一番大きく、この頃は神仏習合の時代でしたから、仏教僧がそれを広く宣伝したようです。



仏教と共に渡ってきた仏魔とは「大黒天」という事ですね。
大国主=大黒主(大黒天)にしちゃったのがマズかったんでしょうか。
※というか意図的にそうしたのかも知れませんが(==)

という事で、最初に書きました日月神示の記述に戻ります。

大庭の富士を探して見よ
神の米が出て来るから
それを大切にせよ。


ここまで八雲山と大山の事を書いてきましたが、
では「神の米」とは何なのでしょうか。(・ω・)
単純に「お米」の事だとすると、出雲周辺のお米?
それともこの伯耆国にある「米子」の事なのか。
合わせ読みで米子のお米とか?ウーン。アリっちゃアリかも?w
ちょっと分かりませんね(==)
本当は全く違う事を言っているのかも知れませんしw

頭が痛くなってきたところで。つづく ...かもw

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