永 き 代 の  全 き 神 の 字  美 し く  追 思 の 御 垣  玉 の 良 き か な
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【日月神示】生命の樹(2)
2013-03-30 Sat 11:30
やっとこさ公開。('A`)
記事の日付けを見ると、3月2日になってました。(もちろん今日の日付けでうpしましたがw
かれこれ1ヵ月近くも書き続けていたのですね(==)

ってなわけで、今回とても長いので早速・・・

長いのですが、その前にw
最近色々ありますね、狙ったかのように落ちてくる隕石とか。
バカチン バチカンでもベネディクト16世が退位とか。

前回の記事でも書きましたが、
今年2013年は『カフ』運命の輪というカードが当てられています。

t009.jpg

正位置の意味
転換点、幸運の到来、チャンス、変化、結果、出会い、解決、定められた運命。

逆位置の意味
情勢の急激な悪化、別れ、すれ違い、降格、アクシデントの到来。


ローマ法王が生存中に退くのは約600年ぶりだそうで、極めて異例な事であります。
そういった意味では、今年2013年に当てられたカード『カフ』運命の輪は既に成就したと言えますが、今年はまだ始まったばかりですので、まだまだ色々と出てくるかも知れません。まぁ、カード占いみたいなもんですがね(謎笑

ちなみにこのベネディクト16世、私と誕生日が同じだったりするのですよ(爆
ベネディクト16世と誕生日が同じだと言うと聞こえが悪いので
「チャップリンも誕生日が同じです」と付け加えておきますw

でまぁ、このベネディクト16世について・・・
マラキの予言がー。などと書きたいところですが、
マイペースに前回の続きを書きたいと思います。w

えぇっと。前回は、生命の樹の22個のパスと日月神示の時節の関わりについて書きましたが、私自身『生命の樹』など生まれてから38年間(もうすぐ39才('A`))全く考えた事がなかったので、「生命の樹の22個のパスと日月神示の時節は一致している」という事は分かったものの、『生命の樹』そのものが一体何を意味しているものか分からなかったので、今まで記事として書けませんでした。

で、そろそろこの生命の樹と日月神示について書こうかなぁ…でも生命の樹が何なのか分からんと書けんしなぁ…などと悩んでいた昨年の暮れ頃、梶原流数霊術の梶原氏から別件でメールを頂きました。
ちょっと話しが逸れますが、まず別件のメール内容から。
過去記事で「七の印」という記事を書きましたが、
その記事についての内容でした。

まず「メトン周期」について梶原氏から。

メトン周期が19年に七回の閏月から十回に増えた場合、私の素人計算によれば約4000km~5000km、月が地球に近付く事になります。(月は楕円軌道なので完全に素人計算です、全然違うかもしれません。自信はありません。)


おぉ!やっぱ月が近づくのか…ってか計算で分かるのか!などと感心しつつ…w
私からのお返事がこんな感じ↓でした。

とりあえず、私が一番気にするところは、暦のサイクルが変わってしまうと、農作物が穫れなくなってしまう。ということでしょうか。


ちなみに、暦が変わるという事は、現在の暦が「終わる」という意味にもなります。
続いて「72」という数について梶原氏から。

トロピカル星座帯の基準となる春分点は72年に1度の割合で毎年少しずつ逆行しているため、それにともなって星座帯全体が移動し続けています。そのため、トロピカル方式の星座帯は移動星座帯とも呼ばれています。現在のトロピカル方式の星座の位置は、夜空に見える星座の位置からかなり離れていて、同様に、サイデリアル方式の星座帯からも約24度離れています。


で、私からのお返事はこんな感じ↓でした。

難し過ぎて分かりません(==)


歳差運動が関係してるって事でせうか…(´・ω・`)

更にこの「72」という数ですが、
日月神示の中には「シチニの神と現はれるぞ」という言葉もあります。
「シチニ」というと反射的に「14」と答えてしまうのは私だけではないと思いますが、
14は1+4=5、指の数と同じです。確かどこかにこのような記述があったと思いますが、単純に「シチニ」は「72」とも言えるのですね。
日月神示は、生命の樹について書かれているのではないか。という事で・・・
ユダヤ教のカバラでは神が持つ72の名(en:Shemhamphorasch)が語られている。
ここら辺も関係してそうなんですが。残念ながらリンク先が読めません。('A`)

ってなわけで、前回の続きはここら辺から。

「梶原流数霊術…数霊術!この方に聞けば生命の樹が何なのか分かるかも知れないなぁ」と思い、メールのお返事ついでに「生命の樹ってなあに?(・ω・)」という質問をしてみました。若干ニュアンスは違いますが。

そしてそのお返事は・・・

「これは霊界の構造ですね」
「私のサイトを読みんさい」


というお返事でした。
梶原氏のプロフを見ると福山出身との事でしたので、広島弁を混ぜてみました(おい
で、梶原氏に読みなさいと言われたのがコチラのページです。
このページへ㌧でいきますと、
まず「スピリチュアル」という言葉に目が止まります。
あぁ、私の苦手な言葉がココにあるではないか・・・
○○星の○○星人とか出てくるんだろうなぁ・・・などと、
期待半分で読み始めてみると・・・これがなかなか・・・(=∀=)イイ!!
という事で、上のリンク先を舐め回すように読まれてから、
もう一度ここへ戻ってきて下さいw

でま、要約しますと・・・

1)天体は霊界である。
2)少なくとも太陽系の天体は霊界である。
3)ってか、宇宙そのものが霊界である。


という事ですね。ちょw 要約しすぎて叱られるがねw

かなりブッ㌧でいますが・・・
これは私の宇宙観というものによく似ているのでスンナリと理解する事ができました。
私の宇宙観というのは、人は宇宙には出られないのではないか。という事と、宇宙は地球内部と繋がっていて、地球内部に入る事で初めて人は宇宙へ出られるのではないか。といったものです。もちろん私個人の宇宙観なのですが、更にブッ㌧だ思想の持ち主だという事が分かって頂けると思いますw

んまぁ、ですから、こんな事↓考えてしまうわけなのですよ。

c01.png

これ、別に「地球の中に地底人が住んでいるニダ」という事が言いたいのではなくて、
「地球の中には別次元の世界が広がっていて、ここが宇宙と繋がっているのではないか」という事が言いたいのでした。(深ぇーよw
まぁ、掘って人が住んでたら、それは「地底人ですね」としか言いようがないのですが、そういった「物」ではない世界が「底」に広がっているのではないか。という事です。
崖の上のポニョのラストシーンを思い出してみて下さい。(観てないと思い出せませんがw)
コメントのお返事にも書いたのですが、歩けなかったおばあちゃん達は海の底へ行き、ラストシーンでは自らの足で地上へ帰っていきます。これは明らかにおかしなシーンなのですが、こうは考えられないでしょうか。彼らは既に肉体という衣を脱ぎ捨て、地上へ帰るのではなく(元の地上へは帰れない事を悟り)海の底から更に地球の中へと進んだ・・・するとそこには愛の国(想念の世界) ガンダーラ が広がっていた・・・。

でま、梶原氏の言う「宇宙は霊界である」というのと、私が言う「地球内部は宇宙と繋がっている」というものをリンクさせてみますと「地球内部は霊界と繋がっている」という事になるのですね。
んっで、つい先日、月刊ムーという謎の書物に「堕天使ルシファー」というタイトルの、あすかあきお氏の書かれた謎のマンガ付録が入っていました。
マンガかよー。とか思いつつ「堕天使ルシファー」というタイトルが気になり、一応読んでおこうか・・・と、読んでみますと、これがなんと、私の言っている事と同じような事が書いてあるんですね。そこにはどう書かれているのかと言いますと・・・

すべての太陽系・すべての銀河系・すべての銀河団・
すべての超銀河団
は高エネルギー ⎯⎯⎯
粒子のへその緒であるプラズマ・フィラメントによってつながり合い、
全宇宙を無限のネットワークで覆い尽くす構造を構築している!!
その支流は地球内部にある光の亜空間ともつながり、
表裏一体の闇の亜空間ともつながっている!

この暗黒面、すなわち亜空間の谷底に落されたルシファーは、
その影響力を地の底深くから全宇宙に向けて放つことができるのだ!!


サイエンス・エンターティナーことあすかあきお氏と私は・・・
同じような事を言っている!(爆

で、この、あすかあきおという方が何者なのか検索してみると、
wikiに載ってまして・・・更に驚く事になるのですよw
上のほうで私は ベネディクト16世と チャップリンと誕生日が同じだと書きましたが、
この、あすかあきお氏もまた私と誕生日が同じだったりするんです。( ̄ー ̄;

チャップリン 1889年4月16日
ベネディクト16世 1927年4月16日
飛鳥昭雄 1950年4月16日
朗尊 1974年4月16日


ちょっと驚いてしまったので話しが逸れましたが。なんぼでも逸れますw
この謎のマンガ付録には更に面白い事が書かれていました・・・

天皇家に関わる人形の天童あまかすは、
〇十の始めと終りの象徴で、


amakasu.png

古代エジプトの護符アンク十字と同じ生命の樹である。

ank.png

アンク十字は魔法陣であり、
その構造はユダヤ密教の生命の樹の〝裏配置〟になっている。

smk020.png



「♀は〇十の始めと終りの象徴」

なるほど・・・

「♀」は「始め」と「終りという事は、
「♀」は「0」「12345678910」と言えます。

あすかあきお氏の言う〝裏配置〟になっている。という意味が分かりませんが、
日月神示においても、それだけでは足らず・・・

「至恩の巻」第二帖
フトマニとは大宇宙の法則であり秩序であるぞ、
神示では012345678910と示し、その裏に109876543210があるぞ、 〇九十マコトの誠であるぞ、合せて二十二富士フジ(普字、不二)であるぞ。
神示の始めに示してあろう。二二フジ(富士)は晴れたり日本晴れぞ。

碧玉の巻 第七帖
始めの日は始めの日に過ぎん、始めの前にあるものが判らなければ、それは只の理屈に過ぎんぞ、マコトでないぞ、根から出たものではない、枝葉に過ぎん、男から女は生れんぞ、奇数から偶数は生れんと申してあろうが、一つのものの表が男であるぞ、裏が女であるぞ、男から女をつくったと申すのは或る時期に於ける教ぢゃ、岩戸がひらけたのであるから教へではならん、道でなくてはならんと申してあるぞ、道は永遠ぢゃ、〇から出て〇に至るのぢゃ。




012345678910.png


という事ですので・・・


smk021.png

こんな事になっちゃいます。
問題は、生命の樹(セフィロトの樹)もこのようになっているのではないか。
という事ですね。

では次に、この生命の樹(セフィロトの樹)について・・・
まず、前回も載せましたが、生命の樹の10個のセフィラがこれ↓



1. ケテル(Kether、王冠と訳される)
第1のセフィラ。思考や創造を司る。数字は1、色は白、宝石はダイアモンドを象徴する。惑星は海王星を象徴し、王の横顔で表される。神名はエヘイエー。守護天使はメタトロンである。同時に最後の剣として称されるマルクトと通じ合っている。

2. コクマー(Cochma、知恵と訳される)
第2のセフィラ。数字は2、色は灰色、宝石はトルコ石を象徴する。惑星は天王星を象徴し、至高の父と呼ばれ、男性原理を象徴する。神名はヨッド。守護天使はラツィエルである。

3. ビナー(Binah、理解と訳される)
第3のセフィラ。数字は3、色は黒、宝石は真珠、金属は鉛、惑星は土星を象徴する。至高の母と呼ばれ、女性原理を象徴する。成熟した女性で表される。神名はエロヒムである。守護天使はザフキエルである。

4. ケセド(Chesed、慈悲と訳される)
第4のセフィラ。ケセドはゲドゥラーとも呼ばれる。数字は4、色は青、金属は錫、図形は正四面体、宝石はサファイア、惑星は木星を象徴する。王座に座った王で表される。神名はエル。守護天使はザドキエルである。

5. ゲブラー(Geburah、峻厳と訳される)
第5のセフィラ。数字は5、色は赤、図形は五角形、金属は鉄、宝石はルビー、惑星は火星を象徴する。天空の外科医と呼ばれることもある。神名はエロヒム・ギボールである。守護天使はカマエルである。

6. ティファレト(Tiphereth、美と訳される)
第6のセフィラ。生命の樹の中心に位置している。数字は6、色は黄、金属は金、惑星は太陽(太陽も惑星と見なす)を象徴する。神名はエロハ。守護天使はミカエルである。

7. ネツァク(Netzach、勝利と訳される)
第7のセフィラ。数字は7、色は緑、金属は銅、宝石はエメラルド、惑星は金星を象徴する。全裸の女性で表される。神名はアドナイ・ツァオバト。守護天使はハニエルである。

8. ホド(Hod、栄光と訳される)
第8のセフィラ。数字は8、色は橙色、金属は水銀、惑星は水星を象徴する。神名はエロヒム・ツァオバト。守護天使はラファエルである。

9. イェソド(Yesod、基礎と訳される)
第9のセフィラ。アストラル界を表す。数字は9、色は紫、金属は銀、惑星は
月(月も惑星と見なす)を象徴する。裸の男性で表される。神名はシャダイ・エル・カイ。守護天使はガブリエルである。

10. マルクト(Malchut、王国と訳される)
第10のセフィラ。物質的世界を表す。数字は10、色はレモン色・オリーブ色・小豆色・黒の四色、宝石は水晶、惑星は地球を象徴する。王座に座った若い女性で表される。神名はアドナイ・メレク。守護天使はサンダルフォンとされるが、シェキナ(メタトロンと対をなす神の女性的顕現)であるとする意見もある。



10個のセフィラはそれぞれに金属惑星が当てられている事が分かります。
上の中からいくつか拾ってみますと、

【ティファレト】色は・金属は・惑星は太陽
【イェソド】色は・金属は・惑星は
【ネツァク】色は・金属は・惑星は金星
【ゲブラー】色は・金属は・惑星は火星


分かり易いものを拾い出してみましたが、
ケテルからマルクトまで大体このようになっています。

更に「天体は霊界である」という事が梶原氏のサイトで分かりました。
以上の事をなんとなーく頭にいれつつ、
日月神示に書かれているこれらの記述を読んでみますと・・・

「磐戸の巻」 第五帖
天さかり地さかります御代となるぞ、臣民の心の中にいけおいた花火愈々ひらくとききたぞ、赤い花火もあるぞ、青いのもあるぞ、黄なのもあるぞ、それぞれのミタマによりて、その色ちがふのざぞ、ミタマ通りの色出るのざぞ。
金は金ぞ、鉄は鉄ぞ、鉛は鉛として磨いてくれよ、金のまねするでないぞ。
地つちの軸動くぞ、フニャフニャ腰がコンニャク腰になりてどうにもこうにもならんことになるぞ、其の時この神示、心棒に入れてくれよ、百人に一人位は何とか役に立つぞ、あとはコンニャクのお化けざぞ。

「風の巻] 第十四帖
新しき世とは神なき世なりけり。
人、神となる世にてありけり。
世界中人に任せて神々は楽隠居なり、あら楽し世ぞ。
この世の頭いたして居る者から、改心致さねば、下の苦労いたすが長うなるぞ、此処までわけて申しても、実地に見せてもまだわからんのか。
世界中のことざから、この方世界構ふお役ざから、ちと大き心の器持ちて来て下されよ。
金も銀も胴も鉄も鉛も皆出てござれ。
それぞれにうれしうれしの御用いくらでも与へてとらすぞ。

「星座の巻」 第九帖
白と黒とを交ぜ合せると灰色となる常識はもう役にたたんぞ。
白黒交ぜると鉛となり鉄となり銅となるぞ、更に銀となり黄金となるぞ、これがミロクの世のあり方ぞ、五と五では動きとれん。


どうも同じような事が書いてあるっぽいんです。

次に、セフィロトの樹なのですが・・・

smk005.png

この絵を見る度に・・・なんだかなー。と 阿藤快張りに 思ってしまうのですよ。('A`)
植物を育ててみると実によく分かるのですが、立派な木ほど、立派な根をはるものです。
日月神示にも「天にあるもの地にも必ずある」と書かれています。

また、荒の巻にはより詳しくこのように書かれているのですが・・・

荒の巻
那美なみ(名美)那岐なき(名基)のみち玉継たまつ意味開いみひらなり。
絶対継ぜったいつ意味弥勒弥勒いみみろくみろくとなるぞ。
っこみちぞ。まことざぞ。弥栄弥栄いやさかいやさか玉秘出たまひいみちぞ。


「玉継ぐ」とか「玉秘出づ」などは生命の樹(セフィロトの樹)の形とソックリです。
で、この中に「根っこ理」という言葉が出てくるのですが・・・

smk0001.png

やはりと言うか・・・

このセフィロトの樹には、根っこがない。

いや、このセフィロトの樹、実は上が根で下が葉だったりするとてもややこしい樹だったりするのですね。という事は、根があって葉がないのか・・・いや、ま、どっちゃでもいいのですが。上ばかりで下がないのがセフィロトの樹だとは言えます。

伊邪那美神も素戔嗚神も大國主神も皆、根の国に行ってしまわれたのですが・・・

で、この「根」という字がまた面白いんです。
艮(ウシトラ)で『木艮』なのですよ。

更に「ネ」と言えば十二支最初の「子」を思い浮かべますね。

子 → ネズミ

次に「根」と言えば、木の底であり、終わりを示しますが、
「根」に住まう者と言い換えると・・・

根 → 根住み

子(根)の国・底の国に住まう者と言えば・・・

国常立尊(くにのとこたちのみこと)は、
別名、国底立尊(くにのそこたちのみこと)

ヨハネの黙示録
「私は始まりアルファであり、終わりオメガである」


私は始まりであり終わりである・・・

なんだかここに繋がってきそうなのですが。( ̄ー ̄;

ネズミとか根住みとか、その前に根の国って何やねん。
という事でウィキってみますと。

根の国(ねのくに)は、日本神話に登場する異界である。『古事記』では「根之堅州國」(ねのかたすくに)・「底根國」(そこつねのくに)、『日本書紀』では根国(ねのくに)、祝詞では根の国底の国(ねのくにそこのくに)底根の国(そこねのくに)と書かれる。

根の国は、その入口を黄泉の国と同じ黄泉平坂(よもつひらさか)としている記述が『古事記』にあり(大国主の神話)、一般には根の国と黄泉の国は同じものと考えられている。しかし六月晦の大祓の祝詞では根の国は地下ではなく海の彼方または海の底にある国としている。

祝詞においては、罪穢れは根の国に押し流すとしていたり、悪霊邪鬼の根源とされたりしている。逆に、『古事記』では大国主が王権の根拠となる刀・弓矢・琴を根の国から持ち帰っていたり、スサノオが根の国を「妣(はは)の国」と呼んでいたりする。これらのことから、根の国は正と負両方の性格を持った世界と捉えられていたと考えられる。柳田國男は根の国が「ニライカナイ」と同根であるとの考えから、根の国は本来は生命や富の根源の地(=根の国)であり、本来は明るいイメージの世界だったとしている。


とまぁ、これが「根の国」という所みたいです。

「国立尊」の別名が「国立尊」というからには、
「根の国 = 国の底 = 国の常」となるはずです。
では「国立尊」のほうはどうなのかと言えば、
「国常」とは「常世」の事であり、これもまた根の国の事を言っているのですね。 

常世(とこよ)、かくりよ(隠世、幽世)とは、永久に変わらない神域。死後の世界でもあり、黄泉もそこにあるとされる。「永久」を意味し、古くは「常夜」とも表記した。日本神話や古神道や神道の重要な二律する世界観の一方であり、対峙して「現世(うつしよ)」がある。変化の無い世界であり、例えるなら因果律がないような定常的であり、ある部分では時間軸が無いともいえる様な世界。

「常夜」と記した場合は、常に夜である、夜の状態でしかない世界であり、常夜という表記の意味から、死者の国や黄泉の国とも同一視される場合もあるが、折口信夫の論文『妣が国へ・常世へ』(1920年に発表)以降、特に「常世」と言った場合、海の彼方・または海中にあるとされる理想郷であり、マレビトの来訪によって富や知識、命や長寿や不老不死がもたらされる『異郷』であると定義されている。
古神道などでは、神籬(ひもろぎ)・磐座(いわくら)などの「場の様相」の変わる山海や森林や河川や大木・巨岩の先にある現実世界と異なる世界や神域をいう。

『古事記』や『日本書紀』1書第6によると、大国主命とともに国造りを行なった少彦名神は国造りを終えた後に海の彼方にある常世の国に行ったという記述がある。
『万葉集』では、浦島太郎が行った竜宮城も常世と記され、現実の世界とは時間の流れが著しく違う。このことから不老不死の楽園を表すとされる。
『日本書紀』の天照大神から倭姫命への神託では、伊勢を常世の浪の重浪の帰する国(「常世之浪重浪歸國」)とある。


という事で、正しく「別名」であると言えます。

話しを戻しますw

セフィロトの樹には根がないのではないか。という事で、
根のある生命の樹って誰か描いてないのかなぁと探してみました。

で、ありました。

北欧神話に登場する1本の架空の木、ユグドラシル

Yggdrasil001.jpg

生命の樹ではなく、世界樹又は宇宙樹と言われるもののようですが、こちらのほうが近い。だって、根があるんだもんw
では、セフィロトの樹には根がない(葉がないのか?w)わけですが、根があるとしたらどのような形になるのでせうか。セフィロトの樹は10個のセフィラがありますが、隠れたセフィラであるダアトを「0」として数えると、数は012345678910で、タマの数は11になります。「10であり11であり根がない」という事は、これもまた『富士の仕組』ではないのか。

「至恩の巻」第二帖
フトマニとは大宇宙の法則であり秩序であるぞ、
神示では012345678910と示し、その裏に109876543210があるぞ、 〇九十マコトの誠であるぞ、合せて二十二富士フジ(普字、不二)であるぞ。
神示の始めに示してあろう。二二フジ(富士)は晴れたり日本晴れぞ。

「至恩の巻」第十六帖
二二と申すのは天照大神殿の十種の神宝にゝを入れることであるぞ、これが一厘の仕組。二二となるであろう、これが富士の仕組、七から八から鳴り鳴りて十となる仕組、なりなりあまるナルトの仕組。


では、このセフィロトの樹を引っくり返せば良いのではないか。
と思うわけですが、何分、私はこの生命の樹というものが何なのかよく知らないので、まず、これを引っくり返してよいものかどうかサクッと調べてみると・・・

クリフォト
邪悪の樹(Tree of evil)はクリフォトを図式化したモデルのひとつである。 邪悪の樹は最下位のセフィラであるマルクトの下方に伸びており、生命の樹を逆さまにした構造を持つ。 邪悪の樹の各球体には様々な悪徳と悪魔が対応する。 また、球体の番号にはそれぞれ虚数単位を意味する「i」が付けられている。
日本では「トワイライトゾーン」誌に掲載された魔術に関する記事でこの図式が紹介されたが、その情報源はウイリアム・G・グレイ(William G. Gray)の The Tree of Evil である。魔術の学院I∴O∴S∴の学習主任である秋端勉も同じモデルを採用している。


セフィロトの樹を逆様にすると (・ A・)イクナイ! ようです。
ただ、上のほうでも書きましたが、セフィロトの樹は上が根で下が葉になっていて、
既に逆様になっているような気がしないでもないのですが。
また、人間、やるなと言われると、やりたくなってしまうのが性ってもんです(危っ
でもまぁ、ここはもうしこしだけ我慢して、考えてみませう。

二二フジと申すのは天照大神殿の十種の神宝にゝを入れることである」
ゝは数。カネは掘り出せん。生み出してくれよ」


という事で、ダアトを〇として、そこへ「ゝ」を入れてみる。

smk011.png

「ゝ」は数なので、これで012345678910になりました。
これを引っくり返せば二二フジとなるわけですが、
その前に「十種の神宝」とは一体何なのか調べてみると・・・

十種神宝(とくさのかんだから、じっしゅしんぽう)とは、
物部氏の祖神である饒速日命が伝えたとされる十種の神宝である。

『先代旧事本紀』の「天孫本紀」の記載によるもので、饒速日命が天神御祖(あまつかみみおや)から授けられたとする。『先代旧事本紀』には「天璽瑞宝十種(あまつしるし みずたから とくさ)」と書かれている。
分類すれば、鏡2種、剣1種、玉4種、比礼(女性が、首に掛けて、結ばずに、左右から同じ長さで前に垂らすスカーフ様のもの)3種となる。これを三種の神器に対応させて、鏡は八咫鏡、剣と比礼は草薙剣、玉は八尺瓊勾玉であるとする説もある。

十種神宝の内容は以下の通りである。

沖津鏡(おきつかがみ)
辺津鏡(へつかがみ)
八握剣(やつかのつるぎ)
生玉(いくたま)
死返玉(まかるかへしのたま)
足玉(たるたま)
道返玉(ちかへしのたま)
蛇比礼(おろちのひれ)…大国主の神話に出てくる比礼との関係が注目される。
蜂比礼(はちのひれ)…大国主の神話に出てくる比礼との関係が注目される。
品物之比礼(くさぐさのもののひれ)


大体このようなもののようです。
で、それぞれどのような形をしているのかと、
画像検索してみますと・・・

10kusa.png

このようなもののようです。
拾った画像を使うと叱られそうなので、参考にしつつ自分で作ってみましたヾ(;´▽`A``
これ、見て頂ければ分かると思うのですが、
セフィロトの樹のパーツにしか見えないのですね(・艸・)
どのように組み合わせればよいかは分かりませんが、
とりあえずセフィラとパスらしきものは見て取れます。
また、この中には、生玉・死返玉や、足玉・道返玉の形、上下逆様なものがあり、
更にこの十種神宝には「鏡」がある・・・

「日の出の巻」 第十三帖
天にあるもの地にも必ずあるのざぞ、天地合せ鏡と聞かしてあろがな、天に太陽様ある様に地にも大陽様あるのざぞ、天に月様あるように地にも月様あるのざぞ。天にお星様ある様に地にもお星様あるのざぞ。



あぁ、そうか。
セフィロトの樹は180度引っくり返すのではなく、
鏡に映せばよいのではないか…( ゚д゚)クワッ


ってなわけで、
鏡に映してみるとこのようになります。



随分上のほうで、各々のセフィラには金属惑星が当てられていると書きましたが、生命の樹(セフィロトの樹)を天地合せ鏡にしますと、正しく天にも地にも太陽様・お月様・お星様が現れます。

では、これは一体何なのか?と言うと、
分かりません!としか言いようがないのですが、
恐らく「ユグドラシル」の絵のように、
物質界と霊界の構造を表しているのだろうと思います。

Yggdrasil001.jpg

ただ、鏡に映し出された側が根の国なのかというと、現世うつしよという言葉がありますので、本来は、映し出されたほうが現世げんせいでなければいけないような気もします。カバラの生命の樹が逆様になっているというのもここら辺に関係があるのかも知れません。

更に、このユグドラシルの絵には、物質界と霊界を繋ぐ謎のラインが描かれています。
下のほうには門まで描かれていますが、これが何なのかと言うと、まず、生命の樹の中でこれは何だろう?といったものが「ダアト」ですね。では「ダアト」とは何なのかを調べてみますと・・・

ダアト(Daath、知識と訳される)
隠れたセフィラ。ダートと表記されることもある。惑星は天王星を象徴し、知識と訳される。他のセフィラとは次元が異なる。ダアトは生命の樹の深淵の上に存在する。隠された意味は悟り、気づき、神が普遍的な物に隠し賢い者は試練として見つけようとした「神の真意」という意味である。



「ダアトは生命の樹の深淵の上に存在する」

もう一度ユグドラシルの絵を見て頂くと、物質界と霊界を繋ぐ入口は正しく生命の樹の深淵の位置に存在している事に気付きます。

物質界と霊界を行き来できる存在と言えば・・・
半霊半物の人間という事になりますが。

先程上のほうで、この「ダアト」に「ゝ」を入れましたが・・・

smk011.png

「ダアト」に「ゝ」を入れるという事は、
「ダアト」に「タマ」を入れるという事でもあり、
霊界において、半霊半物の世界が生まれようとしている・・・
という意味になるのかも知れません。

霊界の仕組みが変わるのですから、当然物質界も変わってきます。
「天体は霊界」であるとすると、霊界に「ダアト」という世界が生まれるという事は、
物質界においては、当然太陽系にもう1つ天体が加わる。といった現象が起こってくるはずです。

「至恩の巻」 第十六帖
太陽は十の星を従へるぞ、原子も同様であるぞ。
物質が変るのであるぞ、人民の学問や智では判らん事であるから早う改心第一ぞ、二二と申すのは天照大神殿の十種の神宝にゝを入れることであるぞ、これが一厘の仕組。


更に、この「ダアト」ですが、惑星は「天王星」を象徴としています。
ここで出口王仁三郎氏のあの言葉を思い出して頂きたいのですが・・・

天に王星の顕れ、地上の学者知者の驚嘆する時こそ、
天国の政治の地上に移され、
仁愛神政(みろく)の世に近づいた時なので、
これがいはゆる三千世界の立替立直しの開始である。


「天に王星」とは、その言葉通り天王星ダアトと言えます。
ただ「天に王星の顕れ」というのは、物質界ではそのように見えるのであって、霊界においては「新しい霊界が1つ用意された」事を意味するのではないかと思います。
それが「半霊半物質の世界ミロクの世」と言えるのかも知れません。
更に、既に気付いた方もおられるかも知れませんが、太陽系に1つ天体が加わり、その新しく加わった天体が「ダアト(天王星)」であるのかというと、そこが問題になってくるのですね・・・だって、太陽系には既に天王星があるのですから。という事は、セフィロトの樹の中に天王星が重複しているはずですね、数が合いませんから。で、どれが重複しているのか見てみると、第2のセフィラである「コクマー」でした。

コクマー(Cochma、知恵と訳される)
第2のセフィラ。数字は2、色は灰色、宝石はトルコ石を象徴する。惑星は天王星を象徴し、至高の父と呼ばれ、男性原理を象徴する。神名はヨッド。守護天使はラツィエルである。


ダアト(Daath、知識と訳される)
隠れたセフィラ。ダートと表記されることもある。惑星は天王星を象徴し、知識と訳される。他のセフィラとは次元が異なる。ダアトは生命の樹の深淵の上に存在する。隠された意味は悟り、気づき、神が普遍的な物に隠し賢い者は試練として見つけようとした「神の真意」という意味である。



天王星が2つ・・・

よく見りゃ、コクマーは知恵
ダアトは知識と訳され、非常に似ているのですね。

どうしてこんな事になっているのか・・・
更に「紫金の巻」 第十一帖のこの記述。

十であるぞ、十一であるぞ、クニトコタチがクニヒロタチとなるぞ、クニはであるぞ、真中であるぞ、天はであるぞ、と和合してみどりと和してとなり、と和してとなる、天上天下地下となり六色となり六変となり六合となるのぢゃ、更に七となり八となりを加へて十となる仕組、色霊結構致しくれよ。


実はこの色霊、これがずっと謎だったのですね。('A`)
最初に「10であるぞ、11であるぞ」と書かれていて、
最後は「10となる仕組」になっています。
これはこのように考えますと・・・

「10であるぞ (10のセフィラ) 」
「11であるぞ (10のセフィラ+ダアト=11) 」
「10となる仕組 (ダアトは見えないので数に入れない) 」


正しく生命の樹と一致します。
そして、ここに出てくる色もまたセフィラの色と一致するのですが・・・
1つだけ色が足りないんです。
まず、書かれている色を数えていきますと、最初に、 という6色が出てきます。そして「天上天下地下となり色となり変となり合となる」というのは666であり、交じり合う様子のようです・・・

66602.png

次に「更に七となり」とありますが「七」は「成る」なので、666で混じり合ったものが「成る」と「マルクト」と言えます。これでピッタリ色数は「七となり」ます。次に「八となり」なのですが、ここが書いてないんです。
「八」は「開く」なので、これが「ダアト」へ繋がる門を開くという意味なのか…「ダアト」には色がないし…などと考えつつ、とりあえず書いてないので、8色目はスルーして「白黒を加える」と、9色になり、当然ながら「十となる仕組」には至りません。
ただ、ここまで9色出てきているので、逆に足りないのはどれだろう?とセフィロトの樹を見てみると「灰色」がない事に気付きます。
灰色を象徴とするセフィラは「コクマー」であり、そして「天王星」なのですね。
ここでもやはりというか・・・
「ダアト」と「コクマー」の2つの天王星が浮き彫りになってくるのですよ。
で、天王星を象徴とする「コクマー」の色は「灰色」なわけですが、
これについて日月神示に書かれてたりするんです。

「星座の巻」 第九帖
白と黒とを交ぜ合せると灰色となる常識はもう役にたたんぞ。
白黒交ぜると鉛となり鉄となり銅となるぞ、更に銀となり黄金となるぞ、これがミロクの世のあり方ぞ、五と五では動きとれん。


あぁ、灰色(天王星)はなくなるって事なのか・・・
いや、「白黒交ぜると鉛となり鉄となり銅となるぞ、更に銀となり黄金となる」という事ですので、「なくなる」のではなく「変わる」のかも知れません。
また、「五と五では動きとれん」と書かれているので、どうしても「ダアト」を加える事が要になってきそうです。

白黒交ぜると「灰色」ではなく「金属」になるようですが・・・

各々のセフィラには「金属」が当てられていましたね。
ではこの「コクマー」にはどんな「金属」が当てられているのでしょうか。
面白い事に、この「コクマー」にはなぜか「金属」が当てられていないんです。
調べてみると「金属」が当てられていないセフィラはコクマー(天王星)の他に「ケテル(海王星)」と「マルクト(地球)」そして「ダアト(天王星)」の3つがありました。

更に、コクマーは知恵、ダアトは知識と訳されるわけですが・・・

「至恩の巻」 第十帖
国常立神も素盞鳴命も大国主命も、総て地(智)にゆかりのある神々は皆、
九(光)と十(透)の世界に居られて時の来るのをおまちになってゐたのであるぞ、地はの神が治らすのぞと知らしてあろうが、天運正にめぐり来て、
千(智)引の岩戸(言答)はひらかれて、これら地(智)にゆかりのある大神達が現れなされたのであるぞ、これが岩戸ひらきの真相であり、誠を知る鍵であるぞ。


知恵知識は、智慧智識とも書けちゃうんですね。
そして「十」「透」とされているのも実に気になるところです。
「ダアト」は隠れたセフィラであり、見えないのですから。

この2つの天王星にはきっと何かがある...に違いないw

もうしこし続きます。('A`)

日月神示にはもう1つ「色霊」の記述があったりするのですが、

「碧玉の巻」 第十七帖
はじめに碧玉を並べて下されよ、次に赤玉、次に赤黄玉、次に黄赤玉、次に黄玉、次に黄青玉、次に青黄玉、次に青玉、次に青赤玉、次に赤青玉、次に紫水晶、合せて十一玉、この巻、碧玉の巻であるぞ。


これを書かれている通りに色付けしますと・・・

11color.png

大体このようになります。いや、若干違うかも知れませんがw

10であり、11であり、やっぱ10である。というのが生命の樹(セフィロトの樹)と言えますが、ここでは合わせて11玉とハッキリ書かれているんですね。つまり、ダアトが数として加えられているように読めるわけなのです。
セフィラの色と一致せず、ダアトが加えられているという事は、これが次の霊界の構造に関わる色霊と言えるのかも知れません。

また、色霊の最後に「紫水晶」と書かれている事からも、
これらの色霊は宝石の色を言っているように読めます。

各々のセフィラには象徴とする宝石があったりするのですが・・・

象徴とする金属を持たないセフィラがあったように、
象徴とする宝石を持たないセフィラがいくつかありました。
ティファレト(太陽)イェソド(月)ホド(水星)、そしてダアト
ただ、ティファレト(黄・金)イェソド(紫・銀)ホド(橙・水銀)には、象徴とする色と金属はあるので、この色霊の中に入れてやる事ができます。

問題はダアトですね。ダアトにはそもそも色がないので、どれがダアトなのか分かりません。ただ、1つ面白いのは、この巻が「碧玉の巻」であり「はじめに碧玉を並べて下されよ」というところでしょうか。碧色というのは、青緑です。コクマー(天王星)には象徴とする金属がありませんでしたが、宝石は「トルコ石」を象徴としています。

Turquoise.jpg

トルコ石って、碧色だったりするんですがー。(・艸・)

「天王星がー 天王星がー」と書いてきましたが、
この天王星とは一体どのような天体なのか調べてみると・・・
wikiってほんと、便利ですね。ヾ(;´▽`A``

天王星(てんのうせい、Uranus)は、太陽系の太陽に近い方から7番目の惑星である。太陽系の惑星の中で木星・土星に次ぎ、3番目に大きい。1781年3月13日、イギリスの天文学者ウィリアム・ハーシェルにより発見された。名称のUranusは、ギリシア神話における天の神ウーラノス(Ουρανός、ラテン文字転写:Ouranos)のラテン語形である。
最大等級+5.6等のため、地球最接近時は肉眼で見えることもある。のちにハーシェル以前に恒星として20回以上の観測記録(肉眼観測も含む)があることが判明した。

天王星が青緑色に見えるのは上層大気に含まれるメタンによって赤色光が吸収されるためである。厳密には、色は、公転に伴って変化する。そのため、「天王星には季節がある」との推測がされている。

天王星の特徴の一つとして自転軸が挙げられる。黄道面に対しほぼ横倒しに倒れている。天王星の自転軸がなぜこれほど傾いているのかは分かっていない。古典的な推察として、天王星がまだ完成されていない時期に大きな原始天体が衝突した(ジャイアント・インパクト説も参照の事)という説があるほか、天王星にはかつて巨大衛星が存在しており、その影響で次第に自転軸が傾斜していったという仮説も唱えられている。また、天王星が現在のように自転軸が公転面に対して横倒しになるには、地球サイズの天体が1回ではなく、2回衝突する必要があることがシミュレーション研究により判明したとの報告もある。
また、自転軸の傾きのため極周囲の方が赤道周囲よりも太陽からの熱を受けているが、奇妙な事に赤道周囲の方が極地よりも温度が高い。この理由もまだ解明されていない。また、公転周期が84.25301年なので、極点では約42年間、昼または夜が続くということになる。
天王星の大気は、他のガス惑星と比べると雲がほとんど見られず、のっぺりとした外観を持つ。これは、傾いた自転の影響で、昼夜での気温変化がほとんどないためである。しかし、2007年に天王星は春分を迎え、赤道方向に太陽光が当たるようになると、通常の惑星と同じような昼夜の繰り返しが起こるようになったため、気温変化が起こるようになった。実際、2011年に北半球で「かなとこ雲」に相当する白い雲が観測された。これは、メタンの氷で出来た雲と考えられている。


という事で、なかなか妙な天体だったりするのです。( ̄ー ̄;
詳しくないので、これ以上書けませんが。

更にもう1つこの色霊には問題があるように思います。

11color.png

この中には絶対色である「白」と「黒」がない。
どうして白と黒が絶対色と言えるのかと言いますと・・・
大本(教)に「十曜の神紋」というものがあります。

toyo.png

これもまたセフィラの色と酷似してたりするのですが、
オニドさんの所でこのように書かれていました。

(一)神旗の由来
 大本十曜神旗の義は、専ら日本の国体を晋く世に知らしめ、日本魂《やまとだましひ》の根本を培養せむが為に、開祖開教の趣旨に則りて考案せしものにして、上古天照大御神が天の岩戸に隠れ給へる際、天之宇受売命が歌ひ給へる天の数歌に則りしものなり。則ち一より十に至る十球より組織して十曜の神旗と称するなり。
●第一球は正上に位し宇宙の大本たる渾沌鶏子の色となし、
●第二球は白色とし、
●第三球は黒色を以て、宇宙の実相たる真如を開発して、陰陽二元となれるに形造りしものなり。
而して、二元感合して、森羅万象を生ずるの理由より、四より十までを七元色《しちげんしよく》に分別して日月火水木金土の七曜に配し、なほ全球を神統に配し奉りて、我国体の真相を知らしめむとするものなり。

toyo02.png

ね、白と黒は絶対色でしょ?(==)

11color.png

でも、無いんです(==)
卵色はコレかなぁ?というものはありますが、白と黒はどう見てもありません。
先程上のほうで、これが次の霊界の構造に関わる色霊と言えるのかも知れない。と書きましたが、その理由はここにも繋がります。

「雨の巻」 第十五帖
此の方等が世建直すと申して此の方等が世に出て威張るのでないぞ、世建直して世は臣民に任せて此の方等は隠居ぢゃ、隠れ身ぢゃぞ。
地から世持ちて嬉し嬉しと申すこと楽しみぞ、子供よ、親の心よく汲み取りてくれよ。

「風の巻」 第十四帖
新しき世とは神なき世なりけり。
人、神となる世にてありけり。
世界中人に任せて神々は楽隠居なり、あら楽し世ぞ。
この世の頭いたして居る者から、改心致さねば、下の苦労いたすが長うなるぞ、此処までわけて申しても、実地に見せてもまだわからんのか。
世界中のことざから、この方世界構ふお役ざから、ちと大き心の器持ちて来て下されよ。
金も銀も胴も鉄も鉛も皆出てござれ。
それぞれにうれしうれしの御用いくらでも与へてとらすぞ。


「新しき世とは神なき世なりけり」
「神々は楽隠居なり」


という事で、白と黒が無い理由もなんだか分かるような気もします。
まぁ、無くなるのか変わるのか分かりませんが。

何れにしても、霊界の構造が変わろうとしているのではないか。
ということが言えます。( -ω-)ウンウン
随分上のほうでも書きましたが、霊界の構造が変わると、
この物質界も当然変わってくるはずです。この世はあの世の現世うつしよなのですから。
物質界ではどのような事が起こってくるのかと一言で言えば・・・

「天体が揺り動かされる」

と言えます。

というか、もう既に始まっているような気がします。
木星・土星などに続いて「金星の極点」でも確認される奇妙な巨大渦巻き


生きている今から、あの世の事をどこまで知っておかないといけないのか分かりませんが、少なくとも、この世に生まれた瞬間から、あの世へと向かって歩み出しているわけですから、この世に今生きているという事には、とてつもなく重要な意味があるのだろうと思います。ここら辺の事情は沢山の方達が書かれているのでここでは書きません。
書きませんが、1つ動画を貼っておきます。w



いまぁ〜こそ〜♪ わかぁ〜れめぇ〜♪
私のブログ、みっくみくになってきました。



歌詞 ※13.8.4追記

1.仰げば 尊し 我が師の恩

  おしえの庭にも はや幾年いくとせ
  思えば いとし この年月としつき
  今こそ 別れめ いざさらば

2.たがいに睦し 日ごろの恩

  別るるのちにも やよ 忘るな

  身を立て 名をあげ やよ 励めよ

  今こそ 別れめ いざさらば

3.朝夕 なれにし 学びの窓

  蛍の灯火 積む白雪

  忘るる ぞなき ゆく年月

  今こそ 別れめ いざさらば


原詞

1.We part today to meet, perchance, Till God shall call us home;
  And from this room we wander forth, Alone, alone to roam.
  And friends we've known in childhood's days May live but in the past,
  But in the realms of light and love May we all meet at last.

2.Farewell old room, within thy walls No more with joy we'll meet;
  Nor voices join in morning song, Nor ev'ning hymn repeat.
  But when in future years we dream Of scenes of love and truth,
  Our fondest tho'ts will be of thee, The school-room of our youth.

3.Farewell to thee we loved so well, Farewell our schoolmates dear;
  The tie is rent that linked our souls In happy union here.
  Our hands are clasped, our hearts are full, And tears bedew each eye;
  Ah, 'tis a time for fond regrets, When school-mates say "Good Bye."


直訳

1.私たちは今日別れ、まためぐり逢う、きっと、神が私たちをその御下へ招く時に。
  そしてこの部屋から私たちは歩み出て、自らの足で一人さまよう。
  幼年期から今日までを共にした友は、生き続けるだろう、過去の中で。
  しかし、光と愛の御国で、最後には皆と再会できるだろう。

2.さよなら古き部屋よ、汝の壁の内で、楽しく集うことはもう無い。
  朝に声を揃えて歌うことも、午後の賛美歌も、もう繰り返すことはない。
  だが、幾年も後の未来に、私たちは愛と真実の場を夢見る。
  私たちの最も大切な思い出は、汝、幼き日々の教室となるのだろう。

3.さよなら私たちがかく愛した汝よ、さよなら親愛なる級友たちよ。
  私たちの魂を、幸せなひとつの繋がりとしてきた絆は解かれた。
  私たちの手は固く握られ、心は満ち、そして目には涙をたたえ。
  ああ、これぞ惜別の時、級友たちの言葉は「さよなら」。



という事で、まだまだ書き足りてないような気もしますが、
書き出すとなんぼでも長くなるので、このくらいにしておきます。('A`)
それと、前回を前編、そして今回を後編で終わろうと思っていたのですが、まだ続くかも知れませんので、一応、前回を1、今回を2としておきました。<(__)>

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